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第95話

「"名猫 ラッピー"」 「孝之…」 「友達が、DVD持ってた」 髪を濡らした孝之が、 龍司の隣に脱力するように腰掛けた。 その衝撃に、手に持っていた缶の中身がこぼれそうになる。 龍司は慌てて、それをローテーブルに置いた。 「髪。ちゃんと乾かさないと。さっきまで熱があったんだから」 龍司は孝之が手に持っていたタオルを取り上げ、孝之の頭の上に乗せた。 そのまま両手で頭を包み、水気を拭き取る。 孝之の首筋に、小指が当たった。 肌の表面はまだじわりと熱を帯びている。 「まだ…熱ありそう」 「微熱だよ」 「微熱でも。熱は熱だろ」 龍司は足早に孝之の寝室に向かい、 冷却シートを持って戻ってきた。 シートの保護シールを剥がし、 手際良く孝之の首の後ろに貼り付ける。 「…気持ち良い」 「やっぱり…熱、あるじゃないか」 お母さんみたいだな、と孝之は笑った。 笑いながら、こちらを見る孝之と目が合う。 思わず、視線をテレビ画面の方に移した。 画面は既に、エンドロールが流れていた。 孝之は、ローテーブルの上に並べられた空き缶の山に驚いていた。 無理もない。 気がつけば、缶が8本並んでいる。 結局冷蔵庫にある酒を全て飲み尽くした。 龍司の顔色は、酒を飲む前と何ら変わっていなかった。 「酒、強いんだな。知らなかった。」 「ごめん…全部飲んじゃって。明日、コンビニで買って返すよ」 「良いよ。酒強いの、羨ましい。俺なんてほら…こないだみたいになる」 "こないだみたいになる" 今夜ばかりは、酒に酔えないことを悔やんだ。 忘れかけていたあの夜のことが、 ぶわりと込み上げてくる。 それだけじゃない。 さっき目が覚めた時に見た光景さえ、 今起こったかのような生々しさを差し出してくる。 テレビに流れるエンドロールもまもなく終わりを迎えようとしている。 早まる鼓動を抑えることが出来ない。 息を飲み込み、ローテーブルに置かれた缶に視線を落とした。 沈黙が苦しい。 ソファのきしむ音が、大きく聞こえる。 孝之が少しだけ、距離をつめて座り直した。 孝之の身体から放たれる熱が、 微かに龍司の身体に伝わってくる。 「龍司」 名前を呼ばれて、視線を缶から孝之へと移した。 「なに…?」 「龍司…あのさ……」

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