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第96話
「…なんかすごい、ピーチくさい」
「お前のピーチ味のジュースみたいな酒飲んだからだよ!」
トイレ借りるぞ、と言って、
龍司は足早にリビングを後にした。
孝之の一挙手一投足に反応してしまう
自分が馬鹿らしくなってきた。
何で、こんな思いをしなければならない。
そもそもあいつが、孝之が、夢にさえ出てこなければ。
あの夜、あんなことをしてこなければ。
こんな思いをせずに済んだのに。
こんな、苦しい思いを。
リビングに戻って、龍司はぎょっとした。
机に乗っていた飲みかけの缶を、
孝之が口にしている。
龍司はそれを孝之の手から奪い取り、
一気に飲み干した。
「だめ!熱があるって、言っただろ」
「…本当にお母さんみたいだな…」
孝之はソファの上で、楽しそうに笑っている。
その頬は少し色づいているように見えた。
龍司はこの聞き分けのない大きな”子ども”に
一つ溜息を吐いて、
浴室へと向かった。
龍司の予想をはるかに超えて、
浴室は華々しく彩られていた。
バニラの香りのするシャンプーに、
ボディーソープ。
ピンク色のバスソルト。
ここは本当に、あの大柄の男がいつも使っている場所なんだろうか。
シャンプーを手に垂らした瞬間、
むせ返るほど甘いバニラの香りが辺りに立ち込める。
「孝之…こんな匂い、してたっけ…」
髪を洗いながら、ふとそんなことを思い返す。
あんなに近くで、孝之の顔を見た。
あんなに近くで、孝之の肌に触れた。
じわじわと高まる熱に、顔をしかめる。
シャワーの温度を一気に下げて、
頭から水を勢いよく被った。
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