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第97話

「シャワー、借りたよ。ありがとう」 「あぁ」 身支度を整えてリビングに戻ると、 ソファの背もたれに身体を預けて 天を仰ぐ孝之の姿があった。 先程よりもまた少し、 頬が色づいているように見えた。 目を閉じたまま、大きく深呼吸を繰り返している。 「やっぱり…具合悪いんじゃないか」 「…はしゃぎすぎた」 目を閉じながら力なく笑う孝之に胸が痛んだ。 エアーベッドに乗せていたブランケットを孝之の膝の上に乗せると、 まるで子どものようにそれを手繰り寄せて、 それにくるまった。 額に掌を乗せてみる。 やはり少し熱い。 その感触に驚いたのか、孝之の背中が少し揺れる。 「手…冷たいな…シャワー浴びたばっかりなのに」 「冷え性なんだ」 「女子力高いな…」 「孝之よりは…高くない」 そう言うと孝之はまた少し笑って、 大きく息を吐いた。 閉じられた瞼は何かを探るように ゆっくりと動いている。 龍司はそれを隣で静かに見つめていた。 時折黒い睫毛が微かに開かれ、またゆっくりと折り重なる。 テレビは消され、リビングは孝之の呼吸の音に包まれた。 「龍司…」 「なに…?」 「俺に何か聞きたいこと、あるんだろ…」 龍司は息をのんだ。 伏せられた瞳からは表情を伺うことが出来ない。 孝之の口から漏れ出たその言葉に、 再び身体が熱を帯びる。 「何で…」 「いや…夢…夢で…」 「夢……?」 「”おしえて”って言われたんだ…お前に……」 これほど恐ろしい時間を共有する日が来るとは "夢にも"思わなかった。 震える唇を噛み締めて、静かに俯く。 孝之は相変わらず目を閉じたまま、 浅い呼吸を繰り返している。 教えて欲しい。 孝之は、自分と同じ夢を見ているんだろうか。 もしそれが本当だとしたら。 本当、だとしたら。 龍司は、まもなく深い眠りの中に入ろうとする 孝之の唇に自分の唇を合わせた。 孝之の瞼が、わずかに持ち上がる。 毛布からもそもそと手を引き抜いて、 緩やかに龍司の背中に腕を回した。 その腕はあまりにも熱く、汗でじっとりと湿っていた。 しばらくそうしている内に孝之の瞼は ゆっくり、ゆっくりと伏せて行く。 熱を持った腕は完全に脱力し、 だらりとソファに流れ落ちた。 リビングは再び、孝之の呼吸の音に包まれた。

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