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第101話

夢の中では、何故かいつも裸足だった。 生い茂る草を直に踏みしめる。 足の裏をくすぐられるようなザリザリとした感触に身を震わせる。 風は孝之の背中を押すように吹きすさび、 強引に歩みを進めさせる。 どこに向かうかわからないまま、 促されるように前進していった。 乱れた前髪を掻き上げると、 あの大きな桜の木が見えてきた。 いつもの、あの木だ。 その下で、薄茶色の長い髪を揺らして 立つ人の姿に見覚えがある。 「サクラ。…天使?…龍司…か」 その人物は、孝之の呼び声に ゆっくりと顔を上げた。 たなびく髪の隙間から見える 透き通った青い瞳は、 二、三度静かに瞬きをして、細められる。 木に近づいていくにつれ、 風が強くなっていく。 空気をかき回すような音に身体を揺さぶられながら、 ようやく木の下まで辿り着いた。 一方で龍司は、そんな風の力を感じさせないほど軽やかな足取りで 孝之の元へ歩み寄ってくる。 「タカユキ……」 聞き慣れた声で名前を呼ばれることに、 もう驚かない。 顔立ちも。佇まいも。 こうして向き合っているときの距離感も、温度も。 全てが現実との答え合わせのように重なり合う。 「髪が…花びらまみれだ」 孝之は龍司の長い髪に絡まった薄桃色の花びらを 一枚ずつ指で摘んで、自分の手のひらに収めた。 龍司はそれに息を吹きかけ、楽しげに笑う。 手のひらの花びらは羽のように軽く舞い上がる。 龍司は空になった孝之の手のひらに頬を乗せた。 「明日、あの桜の木のところへ行く。この場所だ」 龍司は静かに顔を上げた。 言葉を受け取ろうとしているのか、 孝之の口元に目線を落とす。 「話そう。そこで」 風に揺すられた木々の狭間から、太陽の光が漏れ注ぐ。 それに気がついた龍司が視線を上げると、無数の白い光が顔を照らした。 薄茶色のまつ毛は光を吸い込み、白く褪せていく。 眩しそうに瞳を閉じた後、孝之の方を向いて静かに頷いた。 その表情は柔らかく、心なしか安心したようだった。 「待ってる」 程なくして目を覚ました孝之は、 ベッドからゆっくりと身体を起こした。 いつものような高揚感はない。 ただ心は落ち着いていた。 何故だか分からない。 でも、確かなものに触れた。 孝之は支度をして、足早に家を後にした。

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