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第103話

「桜…散っちゃった」 満開の花を咲かせていた桜の木は いつの間にか薄緑の葉を纏い、 その表情を変えていた。 同じところに留まっていたつもりでも 風と共に時は進み、 経験していたことは全て過去になる。 二人はしばらくの間、桜の木を眺めた。 「ここに来たら、会えるって分かってた」 視線を龍司の方に向けると 龍司は微動だにせず、 ただ緑の香りを運ぶ風に身を任せながら 桜の木を見つめていた。 「約束、したから」 少し小さな声で呟く。 再び龍司の方に視線を向けると、 龍司は二、三回、静かに頷いた。 全てが繋がった。 そんな気がした。 聞きたいことや伝えたいことは 山ほどあったはずなのに、 その一つ一つがとても小さなことのように思えてくる。 座った土手の固さに腰が重く痛む。 孝之は少し体を前に倒し、座り直した。 互いに、沈黙の時を共有した。 ただ風の吹く音に耳を傾けていた。 風に揺られた桜の木から、 ハラハラと緑の葉が落ちる。 一つ、また一つと目で追う度に、 この木との関わりを手放していく。 桜の木を見つめていた龍司は徐々に俯き、 自分の膝に顔を埋めた。 その姿は、まるで小さな子猫のようだった。 「……俺、ゲイじゃない」 「ああ」 「…男を好きになったことなんかない」 「ああ…俺もだ」 「分からない…なんで、あんな夢見たのか」 「そうだな」 「なんで…あんな妄想…したのか」 「…ああ」 「分からないけど…分からないけど…」 そう言ってゆっくりと顔を上げた龍司の瞳は、今にも泣きそうに揺らめいていた。 孝之は身体を前に倒し、龍司の唇を塞いだ。 龍司は勢いに押され、バランスを崩してよろめく。 苦しみも、痛みも、切なさも。 ただ全てを解放したかった。 龍司の背中に手を回し、思い切り自分の方に引き寄せる。 浅く、何度も息を吐く龍司は、 しがみつくように孝之の背中を掴んだ。

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