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第104話

熱に浮かされた孝之は我に返ると すぐに顔を離した。 口元を手で塞ぎ、目を泳がせる。 「悪い…その…」 額から汗が吹き出す。 反射的にした自分の行いに、 言い訳を付け加える余地もない。 次に口にする言葉を巡らせている間に、 龍司は勢いよく立ち上がり 孝之に背を向けて歩き出した。 「龍司、悪かっ…」 「…誰かに見られるのは…嫌だから」 龍司は一瞬足を止めてか細い声でそう呟くと、 再び足早に歩いて行った。 孝之も立ち上がり、身体についた葉を払いながら龍司の後を追った。 追いつこうとすればするほど、 龍司の歩みは早くなる。 けれどもその背中は何故か少し小さい。 小さく、細く、弱々しい。 そんなふうに見える。 孝之が距離を保ちながら歩いて行くと、 まもなく二人は足を止めた。 向かったのは龍司のマンションだった。 玄関の扉を閉めると、 龍司は一度も振り返ることなく、 その場に立ち尽くしていた。 浅く呼吸を繰り返す背中は微かに揺れ、白い首筋は汗を滲ませている。 いつもは遠くでゲージを揺らす音と鳴き声が聞こえて来るこの部屋も、 今日は龍司の呼吸一つだけが響いていた。 「龍司」 声をかけても、龍司は振り返らなかった。 孝之はゆっくりと龍司に歩み寄り、 放たれる微かな体温を受け取るように 腕を回した。 小さい背中がビクリと跳ね上がるように揺れる。 「龍司…ごめん…龍司」 抱き寄せた背中は少しずつ縮こまり、 溶けるように床に崩れて行った。

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