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第107話

冷えて乾いたキスはすぐに、熱を含み始めた。 遠慮がちに触れていた唇も、柔らかく重なり合う。 わずかに、舌が当たった。 伺うように滑り込ませると、いつしか境目なく溶け合う。 龍司は、ソファの上で前のめりに倒れてくる孝之の背中に手を回した。 広く、大きな背中。 あの時と同じだ。 温かさと感触に懐かしみを覚えて、 ゆっくりとしがみついた。 身体は、全てを覚えている。 「孝之、苦…しい…ふらふらする」 「…悪い」 夢中で重ねた唇をようやく離した二人は、 息も絶え絶え、顔を見合わせた。 互いの鼓動が身体を揺らす。 少しの沈黙が流れた後、 孝之は再び龍司の唇に吸い付いた。 龍司は腕で顔を隠そうとするも、 赤くなった耳までは隠せなかった。 孝之はふっと笑った。 「夢の話…聞きたいか…?」 「…良い…もう…なんとなく…分かってる」 孝之はそうだな、と呟いて、 龍司の首筋に唇を押し当てた。 「孝…之…」 「何もしない…ただ、近くにいたい」 もう少しだけ、この体温を感じていたい。 孝之の願いは身体の熱さを以て 龍司に伝えられる。 「…サクラに、お礼言わないとな」 「…うん」 「龍司に会わせてくれた」 「うん」 「三人で…二人と一匹?で、また来年、桜を見に行こう」 龍司はふふ、と笑って、小さくうんと、呟いた。 孝之は顔を上げるとまた、 龍司の唇を塞いだ。 龍司はゆっくりと瞼を閉じて、 ただ静かに、その甘さを受け入れた。 瞼の裏に、大きな桜の木が浮かんだ。 強い風にあおられた花びらと、 淡い陽の光の心地よさに包まれる。 来年もまた会える。 あの日出会った、あの場所で。 終わり

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