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第2話

 光冴とは、俺達が保育園生の頃から親同士の仲が良かった影響で、良く遊んでいた。家の距離もさほど遠くなく、子供の足で歩いても一、二分といったところで、小学校への登下校は当たり前のように毎日一緒。光冴の親が仕事で忙しいこともあって、小学生の頃は彼の親が迎えに来るまで俺の家で過ごすことも多かった。  少しずつ関係性が変わっていったのは、中学校に入ってからだ。光冴がバスケ部に入部したことで、朝練や放課後の練習の為に登下校の時間に差が出た。俺は囲碁・将棋部というほぼ帰宅部のような部活に入ったので、朝も帰りも見事にバラバラ。  加えて光冴には土日も部活があって、一緒にいる時間はめっきり減ってしまった。それでも何かと気にかけてくれる光冴は、学校内で会えば必ず声を掛けてくれるし、テスト期間など部活が休みになる時は一緒に登下校をしてくれて、帰りは俺の部屋で一緒にテスト勉強をするのが恒例だった。  それでも、一つ歳を重ねるごとに思うのだ。  俺と光冴は、生きる世界が違うんだと。  明るく朗らかな性格。オレンジがかった明るい色をした癖のある茶髪。光冴は誰の目から見ても眩しい一等星。誰もが見上げ、誰もが見つけてしまう。決して俺だけの物にはならない。何処にいても、誰といても、その輪の中心で笑っている。  だから、中学二年の夏、光冴に彼女が出来た時も驚かなかった。彼女も輝く一等星。光冴の隣にふさわしい、笑顔が華やかな人気者だった。告白は彼女の方からだったと聞く。  クラスの男子にあれこれ聞かれ、下世話な話しは笑って誤魔化す。性への興味を増す多感な時期だったので、二人の事は頻繁に話題にあがった。おかげで、光冴から聞いたわけでもないのに、二人の関係性の進展具合などが、やたらと詳細に追えて複雑だったのを覚えている。  しかし、その頃からだ。光冴の悪癖が始まったのは。  ――ピーンポーン  休日の朝、窓に当たるその雨音を聞いた時から、この音が鳴るだろうことを予感していた。 「お邪魔します」  母さんが用意してくれたらしい茶菓子の乗ったお盆を持って、そいつは扉の隙間から顔を覗かせた。そう、俺が下まで行かずとも、勝手知ったるなんとやらで、こうして光冴は俺の部屋まで上がってくる。 「お前、今日彼女とデートって言ってなかったっけ?」 「……分かっててそういうこと聞く?」  意地悪だなーと言いながら、そいつは何も言わずに俺のベッドの上に胡坐をかいて座り、早々に茶菓子へと手をつけた。 「ベッドの上で食うな。いつも言ってるだろ」 「やべ、そうだった! ごめん」  食べかけのクッキーを口にくわえたままで、お盆を片手に俺の隣に座りなおした光冴は、何の躊躇いもなく、肩が触れ合う距離に腰を下ろす。 「暑いんだから、離れて座れって」 「そんな寂しいこと言うなよ。俺と涼の仲じゃんか」  袋から出した新しいクッキーを俺の唇に押し付けてくるので、大人しく口を開く。 「ん」 「ほい、説得完了」 「お前な……うちの菓子だぞ……」  へらりと笑って誤魔化そうとする光冴の頬を、摘まんで引っ張った。光冴はいつもこうだ。高校生になっても変わらない。なまじ顔が良いだけに、意外とこれでも何とかなってしまうのが、光冴の癖を悪化させていると思う。きっと、今日のデートを急にキャンセルされた彼女さんも、明日にはこの笑顔を見て許してしまうのだろう。しかし、それも何回までもつだろうか……。 「今日で何回目?」 「なにが?」 「今の彼女とのデート、雨でドタキャンしたの」 「ドタキャンなんて人聞き悪いな」  既に三つ目になる菓子の袋を開けながら、光冴が困ったような顔をする。しかし、実際のところ困っているのは彼女の方だろう。 「今回は、昨日の時点で雨って分かっていたから、昨日言ったし。だからドタキャンじゃない」 「いや、前日もドタキャンだろ……」 「りょーちゃんがいじめるー」  ふざけて俺を抱きしめながら、俺の肩口へと額をぐりぐりと押しつけた。  そう、光冴はいつも、彼女とのデートだろうが友達との遊びの日だろうが、雨が降ると俺の部屋へとやってくる。 「だって、傘差すのも、持ち歩くのも面倒だし。雨降ると靴がビチャビチャになって嫌だし、更に中に水入ってきたら最悪だし……」 「しょうがないだろ。雨ってそういうもんなんだから」 「でもさー、それだったら俺、涼の部屋でこうやって一緒にダラダラしてたい」 「……もう、またフラれても知らないからな」  こうして許してしまうのも、きっと良くない。分かっていながら、光冴が部屋に来ると、俺は追い返すことが出来なかった。  少しの罪悪感。けれども溢れてくる優越感。……最低だ。分かっている。分かっているから、どうか今回だけは見逃して……。また明日には、皆の元に返すから。  雨の日だけ此処にくる、俺の一等星。

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