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第3話 *
「光冴~? なにしてんの。誰それ、大丈夫なん?」
「ミカ……。悪いけど、先に行ってて」
「え~」
「あ、それから、俺と涼が遅れるって担任に言っといて」
俺の前にしゃがみ込んだ光冴の膝が見える。間もなくして背中を擦られたが、先程の痴漢の手を思い出して、勝手にビクリと身体が震えた。違う。光冴と痴漢の手を一緒にするなんて……。俺、めちゃくちゃ最低だ。強く両目を瞑った。
「分かった。その涼くん……? って何組?」
「はあ? なに言ってんだ。同じクラスだろ」
「あ、そうなんだ。了解―。ハッチンに言っとく」
「頼んだ」
ようやく息は整ってきたが、身体の火照りは治まらず。無理矢理高められた性感に戸惑っているのか、それとも単純な恐怖か、震える身体に力は入らない。
「なあ、本当にどうしたんだよ」
光冴の問いかけに、ふるふると緩く頭を振った。
「何かあった?」
ふるふる。再度頭を振って否定する。
「具合悪い? 学校行きたくないとか? ……なあ、何か俺に出来ることない?」
目の前にしゃがむ光冴に抱き寄せられて、その肩口に額が当たる。嗅ぎなれた光冴の匂いに涙が滲んだ。俺の涙を吸い上げた光冴のワイシャツがじわりと湿って、俺の身体を抱きしめる光冴の力が強くなった。
光冴は、いつだって優しい。面倒見が良くて、たまに意地悪なところもあるが、同い年なのにお兄ちゃんのようで、中学に入るまではいつも光冴の後ろをついて歩いていた。
小学校三、四年生の頃だっただろうか。母親が夕食を作り始めた頃に、どうしても必要な調味料が切れたと、俺と光冴に留守番を任せて近所のスーパーまで買い物に行っていた時、たまたま停電になってしまったことがある。
その日は雨と一緒に雷も鳴っていて、どうやらその雷が近所に落ちたらしかった。雨のせいで元々仄暗かった室内が、電気を失い、更に暗くなって夜中のようだった。突然のことに驚きパニックになった俺は、光冴にしがみきながら大泣きをしてしまったのを覚えている。あれは恥ずかしかったな……。
光冴はあの頃から、明るい性格の割に根の部分が大人びていて、「停電かな? 大丈夫。俺が傍にいるから」とか「懐中電灯どこかな……。ずっと暗闇じゃないから大丈夫だって。ほら、俺が手繋いでるから、な? こわくないだろ」と、優しく声をかけ続けてくれた。
今思えば、あの頃にはもう、とっくに光冴のことが好きだったように思う。
俺の頬を伝っていく涙を、俺と同じ位に小さな手で、何度も必死に拭ってくれた。
もしかしたら、光冴だってビックリして怖かったかもしれないのに……。
「涼……頼むよ。言ってくれなきゃ分からないから、俺」
そう言って、俺を抱きしめる光冴の手が、微かに震えていることに気が付いた。光冴を困らせているのか? 俺のせいで……? そんなの駄目だ。
「だ、大丈夫……だから」
「大丈夫ってお前……こんな状態で何言ってんだよ」
一瞬、自分の身体の高ぶりが悟られたのかと思った。しかしおそらく、このしゃがんで震えて立てない状態のことを言っているのだろう。
「じゃあ、あの、トイレ……トイレまで連れて行って欲しい」
重たい顔を上げると、潤んだ視界の中に、心配そうにこちらを窺っている光冴の顔を捉えた。光冴は一瞬驚いたような顔をしてから、僅かに頬を赤らめた。
「わ、わかった」
光冴に肩を支えられながら、酔っ払いのようにフラフラと歩く。勃起した性器を隠そうと、スクールバッグを下半身に当てて歩くと、その刺激だけでイッてしまいそうだった。荒くなる息を誤魔化しながら、どうにか男子トイレへと辿り着く。
「ありがとう、こうが。もうだいじょうぶ」
「いや、何か心配だし……ここで待ってる」
そっちの方が困るというのに、何故だか光冴は全く引いてくれない。
「今のお前、なんか危なっかしいんだよ。変な奴に襲われでもしたら、どうすんだ」
もう既に襲われて、散々弄りまわされた後だなんて、口が裂けても言えなかった。
結局光冴は折れてくれず、身体の疼きが限界に達した俺は、光冴の立つ扉越しに自慰をする状況に追い込まれる。
カチャカチャとベルトを外して、ジッパーを下げて前を寛げた。先走りでビショビショになっていた下着をずらして、音が出ないように気を付けながら、下半身の勃ちあがったものを抜きあげる。
「っ、ふ……あ、ぅ」
どんなに注意を払っても、小さくニチュッ……ニチュッ……という音が鳴ってしまって、なかなか思うように刺激できない。さっさと楽になりたいのに……!
イキたいのにイけなくて、もどかしくなてしまった俺は、痴漢にされたのを真似して、ワイシャツ越しに胸の突起を指で引っ掻いた。
「んんっ」
慌ててもう片方の手で口を塞ぐ。
「涼? 大丈夫か?」
「っん、うん。だい、じょぶ! ……うぁっ、ッ」
「腹痛いのか?」
「うんっ……っん!」
カリカリと突起の先端を引っ搔いて、口を押さえていた手を離して股間を擦る。やっぱり乳首だけではイけない。乳首を刺激しながら、もう片方の手で股間を抜いて、下唇を噛んで声を押し殺す。
「っふ、ぁ、あ」
「俺、駅中のコンビニに何か鎮痛剤無いか見てくるわ」
「んッ! あり、がと…っ」
遠のいた足音に、股間を抜く手の動きが早くなる。ああ、新しい下着も買って来て貰えば良かった。いや、そんなもの買わせてしまったら、自分が何をされたのか気付かれてしまうかもしれない。こんな汚い身体、光冴には絶対に知られたくないのに。
「ゃ、あっ、……あ!」
グッチュグッチュと粘着質な音を立てながら、先端のカリのくびれを何度も手の輪で刺激する。自分でも気づかないうちにワイシャツの中に手が入っていて、直接乳首を摘まみ上げていた。親指と人差し指で根元から先端へと引っ張る。ガクガクと引けた腰が扉にぶつかって、緩い鍵がガチャガチャと音を立てた。
「あっ、いやだ、…ぁ」
男なのに、こんなところで感じるようになってしまうなんて……。痴漢の手を思い出しながら、ふと、彼の手が少しだけ、光冴の手に似ていたことに気がついた。その瞬間、かああと全身が熱くなる。
「っん! んん! っあ、ン!」
光冴に触られたら、あんな感じなのかな。光冴の彼女は、あんな風に光冴に触られるのかな。
「んんっ、ぁ、ぅっ……! も、イぅ、っ―――!!」
チカチカと白く瞬く視界。先端の鈴口をグリグリと親指で刺激しながら、あっけなく吐精した。
「あぅ……んっ」
はあはあと肩で息ながら、自己嫌悪で死にたくなる。光冴への気持ちを自覚してからも、自慰で光冴を連想したことなどなかったのに。
ガサガサと揺れるビニール袋の音が近づいてくるのをぼんやりと聞きながら、きゅうっと疼いた身体の何処かに、俺は気付かないフリをした。
「涼―。あったぞ、鎮痛剤」
「本当? ありがとう、光冴」
欲に濡れた右手。なんでもないような声で返事をする自分。トイレットペーパーで拭き取り流れていった白濁を眺めて、俺は静かに自嘲した。
こんな俺が、光冴の隣に立って良い訳がない。
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