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02. 決意

 窓から差し込む朝日の眩しさで目が覚めた。昨夜はベッドに入る間もなくリビングのテーブルに突っ伏したまま寝てしまったんだと思い出して、首の痛みに眉を顰めた。手元には昨日渡された名刺が置かれており、彼の名前と連絡先、それから勤務先が書かれていた。大半の人間が知っているであろう某大手企業の名前と“代表取締役”と書かれており目を見開いた。けれどαであれば珍しい話でもないのだ。αには現時点でそうではなくとも、才能や素質を持って生まれた場合がほとんどであり、上層階級の人間は九割をαが締めているのだから。 「おはよう悠人さん」  写真立ての中で微笑む彼に声をかけて、俺は顔を洗う為に洗面台へ向かった。冷水を勢いよく被ると多少はすっきりする。それから顔を拭くとずっと放置していたスマホを立ち上げて、ある場所へと電話を掛けた。 「……片倉です。…はい、お久しぶりです。明日からまた行きます。……はい、大丈夫ですので」  電話口からは年配の女性の声が聞こえる。心配そうに「無理はしないでね」と言う彼女は随分長い事お世話になっている職場の店主の東山(とうやま)さんだ。五年ほど前から働かせてもらっているそこは夫婦が営む小さなお花屋さん。優しい店主には心の整理が出来てからで大丈夫だと言われていたが、そろそろ自分が動かなければと決心した。彼の貯金は俺が無駄にしていいものじゃない。腹の中の子の為に使うのが一番良いし、彼もきっとその為に残してくれたお金だ。だからせめて子供が産まれるギリギリまでは働きたい。 「はぁ……」  通話を終えたスマホのロック画面には、彼が全力の笑顔を向ける写真が映る。心の整理なんて出来る訳がない。頼れる人だって、今の俺にはいないのだから。  俺がこの子を守らなくてはいけないんだ。腹部を撫でながら初めて妊娠を告げられた時の事を思い出す。例えようのないくらい幸せで、愛おしくて堪らなかった。とにかく俺は今自分にできる事をするだけだ。  ふと、テーブルに置いたままにしていた名刺が目に留まる。朝日啓太と名乗った彼の表情を思い出すだけでずくんと腹の奥が熱くなった。俺は今腹の中に子供がいるから発情期は来ないが、番がいなくなったストレスでフェロモンが安定していないらしい。抑制剤さえ飲んでいれば大丈夫だと医師に言われてはいるが、胎児に障らないよう一番弱いものをと処方されている。正直不安だった。きっと彼だからではなくて、αだったから体が異常に反応してしまったんだろう。もう関わってはいけない気がして名刺をゴミ箱に捨てた。

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