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05. 罪悪感と真っ直ぐな想い
それから彼と会うようになって一ヶ月が経った頃、体調も大分落ち着くようになり仕事も頻度を増やした。何よりつわりが収まった事が一番大きい。むしろ最近は食欲があり過ぎるくらいであまり体重を増やし過ぎないように気をつけるくらいだ。
そして俺は今、何故か朝日さんと二人で職場から近い公園に来ていた。休日だったという事もあり、家族連れが目立つ中、俺が用意した弁当を囲んで昼食を摂っていた。
「…本当に俺の料理で良かったんですか?舌の肥えた貴方に合う気がしなくて…」
「どうして?俺の為に作って来てくれたんだと思うとそれだけでこんなに嬉しいのに。ごめんね無理を言ってしまって、朝から大変だったでしょ」
「いえ、それは全然構わないんですが」
清子さんから借りた二段のお重箱の中には唐揚げや卵焼き、ウインナーにほうれん草の和物といった一般的なお弁当のおかず達が綺麗に並んでいる。おかずとおにぎりを取り分けて朝日さんに差し出すと、彼は丁寧に手を合わせて嬉しそうに箸を伸ばした。
「美味しい!」
唐揚げを頬張った彼は俺の不安を打ち消すように、パッと花が咲いたように笑って目を輝かせた。まるで子供のように喜ぶ彼がおかしくてつい声を出して笑ってしまう。
「この卵焼きも甘くて美味しいよ。直は天才だね」
「ふふ、大袈裟」
「大袈裟じゃないよ。ほら、直も」
「へ、」
朝日さんが丁寧に卵焼きを箸で持ち上げると俺の口元へと運ぶ。驚いて戸惑ったが、それは彼も同じだったようで同じように目を丸くしていた。
「あ…ごめんつい、」
朝日さんの手が引っ込む前に、俺は前のめりになるとそれを頬張った。
「...ん!本当ですね、甘くて美味しい」
そう頬を緩めれば、朝日さんも嬉しそうに笑った。晴天の下での食事はとても心地良くて、他愛もない会話をしながら時間はあっという間に過ぎていった。
彼はきっとこういうなんでもないような日常を俺と送りたいのだろう。朝日さんを選べば不自由ない生活は保証されるだろう。それでも、どうしても瞼の裏に浮かぶのは悠人さんの顔だった。彼からの好意は嬉しいのに、どうしてか胸がちくりと痛む。
「…直?」
「あ…はい、何ですか?」
「暗い表情をしていたから、今日は退屈だったかな」
二人で並んで歩く帰り道、朝日さんは俺の表情を伺うように覗き込む。
「そんな…!凄く楽しかったんです」
けど、と言葉に詰まる。自分が幸せになる事、悠人さん以外の誰かと関係をもつ事に対して嫌悪感があった。
「ごめんね。君はきっと優しいから彼に申し訳ないと思っているんだろう?」
「…はい」
だってまだ彼は生きているのだ、俺の心の中で。それはこれから先もずっと変わらないけれど、悠人さんを裏切るみたいで胸が痛くなる。
「俺の幸せは、君が幸せになる事だよ。...彼もきっとそう思っていたんじゃないかな。君もそうだろう?愛している人が幸せなら、自分も幸せなはずだよ」
朝日さんの瞳が揺らぐ事なく、俺をずっと見据える。
「愛しているんだ、君を。心から。俺が君を愛する事を許してほしい」
まるで愛してしまった事を謝るみたいに泣きそうな顔をする彼に言葉が詰まる。俺がこんな表情をさせているんだと思うと申し訳なくて、人けのない路地で寄り添うように体を預けた。
「……ごめんなさい。まだ…ちゃんと朝日さんの気持ちに向き合えなくて。…でも、もう少しだけこのままでもいいですか」
「直…」
きゅ、と控えめに朝日さんのシャツを掴めば、一拍置いてから答えるように背中に腕が回る。気持ちに応えないままそばに居続けるのずるい事だとわかっている。落ち着く、暖かい匂いがしていつの間にか涙が溢れていた。
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