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07. 彼とは違う優しさ
頭が痛い。まるで熱に浮かされたみたいにクラクラする。
「……ん、」
ぼんやりと視界に映る見覚えのある天井。記憶を辿ろうとすると酷い頭痛がする。だめだ、何も思い出せない。ただ、曖昧なようでしっかりとするのは夢の記憶だ。
懐かしい夢を見た。夢の内容を思い出すと何だか居た堪れなくて目が泳ぐ。
「直、平気かい?」
「……あ…朝日さん…」
絞り出した声は少し掠れていて、咳き込んでしまう。
「ほら水だよ、ゆっくりでいいから体を起こそうか」
朝日さんに支えられながら上体を起こす。グラスに入った冷たい水をゆっくりと嚥下すれば体に染み渡っていく感覚が気持ち良い。
曰く、あの日朝日さんの目の前でみっともなく泣いた後、どうやら疲れ果てて熱を出してしまったらしい。朝日さんは俺が間借りしている東山さんの家に連れ帰ったが、心配でこうして傍で今まで面倒を見ていてくれたという。
「…ありがとうございます」
「何か食べれそう?東山さんがお粥作ってくれたんだけど」
「はい」
「ん、じゃあ持ってくるね」
彼は温くなってしまった冷えピタを張り替えた後、すぐ戻るからと俺に背を向けた。
「直…?」
「…あ…」
振り返った彼が不思議そうに俺を見詰めるまで、俺は自分の行動に気が付かなかった。離れようとする彼の服の端を掴んでいて、自覚した途端頭が真っ青になるのがわかる。
「あの…すみません、俺…」
恥ずかしさと申し訳なさですぐにその手を離したが、今度は彼がそっと手を握ってくれる。熱を出すと人肌恋しくなるというが、きっとそれだ。
「……俺は悠人さんじゃないよ」
困ったように、どこか悲しそうに微笑んだ彼に俺は酷く後悔した。彼にこんな顔をさせたかったわけじゃない。悠人さんと間違えたわけでもないのに。
「ごめんね、すぐ戻るから」
「…違います!」
熱のせいで精神的にも弱っていたのは本当かもしれない。けれど俺は一度だって彼を悠人さんと重ねた事はないのだから。
「俺…貴方と会う度に悠人さんの事を思い出してました。でも、貴方を悠人さんだと思った事はない。…貴方の隣は心地良くて…気持ちの整理もつかないまま隣に居続けるのは最低だってわかってたのに…ごめんなさい。けど、貴方にそんな顔してほしくない」
これは俺の我儘だ。吐き出した言葉は震えていて、そんな俺を朝日さんは俺を優しく抱き止めて落ち着かせてくれる。
「朝日さん…俺…」
「いいんだ。直、ありがとう」
優しく頭を撫でる彼の手が温かくてそっと目を閉じてそれを受け入れた。大きな手が髪を梳くように撫でて、それから額に優しい何かが触れた。喉に引っ掛かったみたいに出てこない続きの言葉を飲み込んで、ぎゅっと強く己の拳を握った。
「……はい」
それから彼が温め直してくれたお粥を食べて薬を飲んで再び横になると、俺が眠りにつくまでずっと傍にいてくれた。…まるで、愛おしくて堪らないと言うように、優しい優しい瞳だった。
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