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いじめられオメガの秘密 ④
成沢の人のよい笑顔に逆らえないまま、千尋が連れられた先は高級紳士用服飾店だった。
「華奢でおられますが、腕も脚も真っすぐですし、背のラインがお美しい。お仕立てのしがいがあります」
店主らしき男にうやうやしく接せられ、既製品ではあるが取り急ぎ、と言われて艶のあるブルーグレイのサマースーツを着せてもらった千尋は気後れするばかりだ。
その後は数枚のオーダー用紙にサインをし終えた成沢に、一等地の美容院へ連れて行かれた。
呆然とするばかりの千尋の髪に鋏が入り、あれよあれよという間に流行りのシースルーマッシュヘアにされている。
(うわ、短い、短すぎ。これじゃ顔を隠せない)
焦って成沢を探すと、彼はアシスタントの美容師に案内されてすぐ後ろまで来ていた。
「ああ、華奢な骨格に良くお似合いですね。はい、藤村さん、いいお顔、くださーい」
成沢は持参していたタブレットの背面を千尋に向けると、待ったなしにシャッターアイコンを押す。
「いいですねー。いいですよー。さあ、もう一枚!」
あなたはカメラマンですか!? というかなぜ撮影を? と唖然とする千尋だが、成沢は画像の千尋を見て満足気にうなずくと、車を呼んで社へ戻る手筈を整えた。
「突然のことで驚かれたでしょうね」
社に戻る車の中。
朝からの異例続きで絶賛混乱中の千尋を成沢が気遣う。
「驚くもなにも、さっぱり理解できていません。会社員だから異動があるのはわかります。秘書になれば身なりに気を使わなくてはならないのも。でもなぜ、技術職の私が専務室の、それも、第一秘書に任命されるのですか?」
「私が秘書を引退するから、と言えば納得されますか?」
成沢は背筋こそしゃんとしているが、髪色や肌の質から見て七十代に差しかかっているだろう。役員クラス以外でその年齢の社員はいないため、引退はうなずけない話ではないのだが。
「……でも、それは理由にはならないですよね」
代わりになる有能な人材は秘書課で列をなしているはずだ。
「そうですね。これは"名目"ですね。藤村さん、光也様には本来秘書は不要です。何事においてもすべてご自身で管理、遂行される能力がある方です。海外支社を回られていた間も秘書はおりませんし、このたび日本に戻られるに当たって、会長より指示があった数名の秘書もお断りされています。ですので"第一秘書"とは言いましたが、専務室には私以外の秘書はおりませんし、実は私も正規の秘書ではないのですよ」
「どういうことですか?」
「私の本職は光也様付きの執事です」
「執事さん!?」
耳を疑った。近隣国の財閥ドラマじゃあるまいし、個人付きの執事がいるとか、執事が仕事のフォローにまで回るとか、千尋の常識の範疇外だ。
だが成沢は静かにうなずいて続けた。
「KANOUはホールディングス化して十五年になりますが、未だ執行役員の半数が叶家の血筋です。他にもそのような会社はありますが、KANOUは特にファミリーグループ色が濃く、重要な取引ほど役員内で決定する傾向にあります」
「ええ、まあ……」
成沢の口調は批判的なトーンを含んでいるが、KANOUはそれで業績を伸ばし続けているのだから、千尋に異論はない。
それよりも自身の質問の答えがほしかった。
「それで、実は……」
成沢が身を寄せてきて、声の音量をぐっと低くした。どことなく緊張感が漂っている。
「光也様はそれらの取引の一部にある疑惑をお持ちになり、密かに調査に入られました。ですので、ご自身のそばに会長の息がかかった社員を置くことを牽制されていて、ひとまず代役として私を秘書に立てられたのです」
ごくり。
ドラマのような話の展開に、千尋は無意識に生唾を飲み込んだ。
(まさか、会社で不祥事が!?)
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