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お仕事開始とあの夜と ②
初めてここに来た夜、光也は一晩中千尋を抱きしめて離さなかった。
「千尋、会いたかった。俺の番」
すっかり敬語を解いた光也の声は彼がまとう香りと同じで甘ったるく、バニラエッセンスたっぷりのカスタードタルトを食べすぎたときのように、千尋の思考回路を溶かす。
「違い、ます、俺は……」
「千尋、教えて。手首や背に紐が擦れたような痕が残っている。千尋の肌に誰がこんな酷い痕をつけるの? まさか、恋人がいるの?」
クッション性の高いベッドの上。光也は背側から千尋を抱き込んでパジャマのボタンを外し、大きな手のひらを千尋の肌に滑らせる。
小さな薄桃色の飾りがついた胸に、丸く小さな窪み がある腹。華奢な背中や細い腰に寄り道して、丸く柔らかい双丘にも。
「違っ、違うから、やめてください。そんなふうに触れないで……」
薄紙の感触を確かめるような微細な触れ方は、かえって感覚を敏感にし、肌を粟立てる。
────気持ちが悪い。
そう思うのに、千尋のペニスは角度を持ち、後孔はひくついて、どちらも甘い香りのとろりとした蜜を垂らした。
合致しない心と身体を持て余し、どうにかなりそうだ。
「どんなふうにしてほしい? やっぱり痛いのが好きなの? ちゃんと教えてよ。千尋にいつもそうやって触れているのは、誰? ……許せないな」
時折スパイスを含んだ音色が甘ったるい中に交じり、尾てい骨に響いてそのすぐ下の孔をきゅうきゅうと疼かせる。
「恋人、なんかいません。じぃちゃん厳しかったし、できたこと、ない……から、クラブで……僕、痛くないと発情しな……から、いつもクラブで」
オメガなのに普通に発情しない身体。その代わりに定期的に性欲が高まり、痛みを与えられてようやく欲情を発散することができるいびつな身体。
誰にも知られたくなかったが、この状態から解放してもらえるなら、もうなんでもよく感じた。
(このままじゃおかしくなる。吐きたい。射精 したい。吐きたい……射精 したい……!)
「専務……も……辛い……僕、自分でする、離して」
太ももをこすり合わせ、光也の腕から逃げようと身体をよじる。だが、きつく抱きしめられ、片ももに手をかけられて、動きを封じられた。
その手の指先が伸びてきて、熱芯となったペニスの先の蜜をそっとすくわれる。
「んぁっ!」
「千尋、これからは全部俺がしてあげる。俺は千尋の運命の番で、初めての恋人になるんだから」
「ふ……んんっ。番も、恋人も……いらなぃ……でも、痛く、してくれる、なら。僕をいじめてくれるなら……僕、セフレなら、なれる……だから痛くして……!」
身体の限界が近づいて、思ってもいない適当なことを口走った。目は涙でにじみ、頭も腹も熱くて顔が火照っている。
早く、早く楽になりたい。
千尋は震える手でシーツを握りながら、背に覆いかぶさっている光也に顔だけを向けて訴えた。
瞬間、くるりと体を反転させられ、四つん這いの光也に見下ろされる。
「……ひどいな。千尋は俺のことが全然わからないんだね」
なにがわからないと言うのか。自分を抱きしめているのが会社の上司だということならわかっている。
千尋だって言いたい。僕が誰だかわかりますか? あなたの部下です。こんなことから早く解放してください。
無意識に「もういやだ」と頭を左右に振っていると、光也の顔は苛立ちと苦悶が混ざったように歪んだ。
「セフレなんて望んでない。それにこんなにかわいい千尋を虐めるわけないでしょ。甘やかして甘やかして、蕩けるくらいに優しく、悦 くしてあげるから、覚悟して」
顔に影が差し、琥珀色の瞳が近づいた。柔らかいものが唇に重なる。
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