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お仕事開始とあの夜と ⑦
「わかりました。明日正午までに入力を終わらせて、午後に帰宅させていただきます。出社は明後日からでよろしいですか? 仕事内容は成沢さんにご指導いただけばいいですよね?」
そうだ、元々体調が落ち着くまでの避難だったのだ。千尋には帰る家があるし、本来の職務は専務の秘書だ。
そう思いながら、思いつく言葉を繋げる。なんでもいいから話していないと、胸のざわざわが耳障りだから。
「それなんですが……仕事を午前中に終わらせたら、午後からは私とデートをしませんか?」
「え」
無意識に胸を握り込んでいると、明るい声がかけられた。
また、頭が真っ白になる。でも、別次元に飛ばされた身体が戻ってきて、光也がいるこの場所にちゃんと一緒にいる。そんな確かな感覚を持てた。
胸の中に吹き荒んでいた風がやみ、穏やかな気持ちになる。これも理由づけができない不思議な感覚。
「専務、デートという表現は私たちには該当しません。もし、取引先への同行でしたら正しくそうおっしゃってください」
指摘はしてみたが、どうしてか勝手に口角が上がってくる。今にも笑い出してしまいそうで、唇にぐっと力を入れて真一文字に結んだ。それでいて顔は火照っているから、もしかすると拗ねているように見えるかもしれない。
だがそう取られなかったようで、光也は目元を細めた優しい眼差しで微笑んでいる。
「私の秘書は手厳しいですね。でも、明日は仕事ではありません。正真正銘デートです。そう思っていただけるよう、完璧なエスコートをしますよ。それで、お返事は?」
光也が椅子から降り、片膝をついて千尋の手を取った。まるで、おとぎ話の王子様がお姫様にするかのように。
(王子と姫って! なにを考えてるんだ。でも……)
異国の人間を思わせる琥珀色の瞳と髪、下瞼に影を落とす長いまつ毛、青みよりの白肌の美丈夫はまさに王子様だ。
千尋は今まで、どちらかというとイケメンの類は苦手だった。オメガでマゾヒストの自分には、華やかな光はまぶしすぎたからだ。
だが光也のまぶしさは、夜空に瞬く星のような穏やかなまぶしさだ。
暗がりにいることに慣れてしまった千尋に、優しい灯りを注いでくれる。
千尋はためらいがちではあったがこくんとうなずき、その手に手を重ねた。
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