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おとぎ話の時間 ⑧

 光也が運転する車は、元のヘリポートにも東京方面のハイウェイにも向かわない。中央自動車道に入り、八ヶ岳方面へと走っていく。 「どこへ行くのですか? 今日中に帰れなくなります」  強く繋がれたままの手を見ながら聞く。 「元から帰るつもりはないよ。この先に叶の別荘があるから準備してある。今夜はそこに泊まるんだ」 「聞いてないですけど……」 「全てサプライズにしたかったからね。千尋にそう思ってもらえなかったのは悲しいけれど、これはデートだから、色々と考えていたんだ」  見えない針が胸に刺さる気がした。オメガ性ゆえに人に不快を与えたことはあっても、哀しみをもたらすような深い付き合いをした相手は、これまでにいない。 「……とりあえず、手を離してください。危ないですよ。私もさすがにこの状態からは逃げませんから」 「ああ、悪かった。千尋のことになると冷静でいられなくなるな」  枷のようだった手が離れる。  どうして出会ったばかりの僕のことをそこまで、と聞くのは無粋な気がして言えなかった。  光也は千尋を運命の番だと勘違いしているのだ。でも、言わなくてもそのうちに間違いだったと気づくだろう。早ければ今夜にでも。  重い沈黙の一時間に耐えたのち、光也の屋敷ほどではないが十分な広さのある建物に到着した。  すでに二十二時近く、周囲には電灯もないから外観はよくわからなかったが、室内は吹き抜けで開放感があり、インテリアや家具が白で統一されていて、外国映画に出てくる洋館のような豪華さだ。 「あまり食べていなかったけど、お腹は?」  ドアを開けてすぐにカウンターキッチンがあり、カウンターの上には色とりどりの果物のバスケットが置いてある。どれも新鮮でおいしそうだったが食欲はなく、千尋は頭を横に振った。 「なら、先にお風呂を用意しよう。疲れただろうからゆっくり浸かるといい。水質がいいから気持ちも和らぐよ」 「ありがとうございます……あ、着替え……」  泊まるとは思わなかったから、用意していない。 「全部準備してあるよ。もちろん"お代金"はいいから、安心して使って」  苦笑交じりに言われる。  千尋はすみませんと言って、またうつむく羽目になった。 ***    喉の乾きと首周りの汗の不快さに目を開ける。  ここはどこだろう。光也の屋敷でも千尋の住むアパートでもない。白い壁に大きな掃き出し窓が二つ、窓の向こうは広いバルコニーに繋がっている。 「あ……専務……?」  バルコニーにふたつ並んだエッグハンギングチェアのひとつに、光也の後ろ姿が透けて見えた。  風呂の湯張りの短い合間に眠ってしまい、光也が運んでくれたのだろう。ベッドに横たえていた身体を起こしてベランダへ行く。 「ああ、起きたのか」  気配に気づいた光也がチェアを揺らして振り向き、隣のチェアを勧めてミネラルウォーターを手渡してくれた。 「すみません。僕……私、寝てしまったんですね」  うん、と言いながらうなずき「俺も素で話すから、千尋も普通に話して」と言ってくれる。  ただ四つの年齢差もあるし、敬語を使わないのは難しくて、千尋は呼称だけを"僕"と言わせてもらうことにした

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