28 / 91
満点の星空の下で ①
(あれ……? 専務、あの子と同じ色の髪、瞳?)
過去の記憶に蓋をしていた欠片が、コトリと音を立てて動く。
もう少しでその欠片に手が届きそうで、千尋は光也の瞳の奥の奥にまで神経を集中させた。
──千尋、白鳥座は南半球にある南十字星に対して、北十字星とも呼ばれるんだよ。
──ふうん。南十字星もここから見える?
──東京からは難しいかな。僕のおじいちゃんがいるニュージーランドではよく見えるみたい。
──そっかあ。……くんと見てみたいな。
あの子は、なんて名前だったのだろう。
琥珀色の瞳は星を宿したように綺麗で、緩い癖のある薄茶色の髪は柔らかくて、じゃれ合った時に髪が頬に触れるとくすぐったかった。
あの子は……。
「み……くん……みっくん……そうだ、"みっくん"だ!」
もやがかかっていたその子の、笑顔の像がはっきりと浮かんだ。同時に光也が瞳を輝かせ、白い歯を見せて笑った。二つの笑顔が綺麗に重なる。
「うん」
「……え……?」
千尋はロッキングチェアを大きく揺らして立ち上がり、隣のチェアの光也の腕を捕まえる。
「みっくん!? みっくんなの?」
「そう! やった。千尋が思い出してくれた!」
光也が破顔する。出会って一番の、喜びがはじけたような笑顔だった。
「嘘……なんで? なんで専務が……なんでみっくんがここに。それに、イメージが全然違う」
"みっくん"は華奢で、四歳差の千尋と背も変わらず、優しいけれどどちらかと言えば気が弱い子供だった。
「あの頃、俺は十二歳を過ぎても第二性が判明していなかったし、見た目はオメガの父さん譲りで、いつも女の子に間違われていたもんね。周囲からは俺もオメガだと思われていたくらい」
反対に年のわりには背が高く、快活で負けん気の強かった千尋はアルファの判定が下るだろうと周囲に思われていた。
「みっくん、ニュージーランドに引っ越したよね? いつ日本に? ていうか、社長とは」
「ひとつずつ話すよ」
光也は千尋を再度チェアに座らせ、語り始めた。
叶の現社長である光也の父、叶光成 は、政略結婚でアルファの女性と結婚して長男と次男をもうけたが、ニュージーランド支社から移動してきたオメガ社員────光也を産んだ父、クリフに出会い、ひと目で運命の番だとわかり恋に落ちた。
二人は十五歳の年齢差はあったが、衝動を抑えられないまま求め合い、クリフは光也を妊娠。
光成は叶一族を抜ける覚悟の上で、当時の社長である光也の祖父と妻に話したが、「不倫」の道ならぬ恋は、誰にも認められなかった。そしてアルファ至上主義でもあり、一族の汚点を赦さない親族一同により、手酷く仲を裂かれた。
それでも光成がいる東京に居たかったクリフは、KANOUを退職させられてからも仕事と住まいを転々としながら光也を産み育て、番が不在の辛い発情期に耐えた。
千尋の隣の部屋に越してきたとき、クリフは心身ともに限界を迎えようとしていたが、それを助けたのが千尋の両親で、光也の世話を買って出たそうだ。
「でも、やっぱり父さんは限界で。番と切り離されたオメガって本当に悲惨なんだ。どんなに強い抑制剤を飲んでもヒートが収まらなくて、精神まで患ってしまう。それなのに俺のために昼夜問わず働いて、体もボロボロでさ。それで……俺達は祖父のいるニュージーランドに移ることになったんだ」
「……」
言葉にならなかった。
確かに光也が千尋の家にずっといるのに比例せず、クリフの姿を見ることはごく少なかった。
女性と見紛うような美しい人だったが、見るたびに痩せこけ、別れを告げに来た際は光也が支えていないと倒れそうだったのを思い出す。
だから突然の別れは寂しかったけれど、子供心にも予断ならない状況を察して、静かに光也を送り出したのだ。
ともだちにシェアしよう!