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満点の星空の下で ③
「最初は千尋が会社にいるのはわからなかったよ。でも、会社の実情を調査しているうちに色々と問題点に気づいてね。オメガ性の社員が不当に扱われているのもそのひとつで、本社に移ってひと月後から、本腰を入れて調査を始めたんだ」
光也が立ち上がり、千尋が座るチェアバスケットに腰を下ろし変えた。
元から二人がけ用ではあるが、男らしい体が密着して、千尋はどきりと胸を弾ませる。
「そうしたらね、タイミングよくコスニの田中さんが専務室に単独でやってきて」
「僕のことを……?」
「そう。でもね、名前は同じだけど苗字が違うだろう? 履歴書に記載の中学・高校も、俺たちが住んでいた地域とはかなり離れた県だった。それになんといっても、履歴書の写真が別人だ。期待はあるけど確信はないまま、第一にはパワハラを受けている社員の救済を目的にして、コスニへ向かった。でも、すぐにわかったよ。俺の千尋だって」
手を握られる。その暖かさと力強さは、光也の思いの強さを示している気がした。
「ど、どうして……」
「ずっと、千尋を思っていたからだよ。海外での仕事を終えて帰国してすぐ、以前住んでいたマンションにも行った。でも、もう両隣も住人が変わっていた。あそこは賃貸マンションだったんだね。オーナーさんも代替わりしていて、千尋の情報はなにも得られなかった。なかなか見つけられなくて……遅くなってごめん」
"遅くなってごめん"には、千尋の両親の事故を知らなかった後悔も含まれているのだろう。
だが光也が謝る必要など少しもない。千尋は今の今まで「みっくん」を忘れていたし、光也にしても、仲良しだったとはいえ短い期間を共に過ごしただけの千尋を思い続ける理由がない。
自分にそんなふうに思ってもらう価値もないと思う。
「だから……どうして僕なんかを。別れたときは子供だったし、お互いの第二性もわからないのに、僕なんかをずっと思ってくれていたなんて……変だよ」
「変かな? 俺には性別は関係なかった。寂しくて不安な毎日の中で、唯一俺とずっと一緒にいてくれて、心を暖かく満たしてくれる千尋が、年下なのに、いつも俺を守ろうとしてくれる千尋が、凄く凄く好きだったよ」
千尋の手を握る光也の手に、いっそう力が入る。
「初恋なんだ。たとえば俺がオメガで、千尋がアルファなら番にしてくれとすがりついたし、俺がベータなら番にはなれなくても幸せにするために全力を捧げたし、アルファ同士でも男同士の垣根を払って愛した。関係ないんだよ。ただの俺が、ずっとそのままの千尋を求めていたんだ。だから、僕"なんか"って言わないで?」
「そのままの、僕?」
卑しいオメガでもなく、フェロモンでアルファを惑わせるオメガでもない、そのままの千尋。
そう言われて、心を縛りつけている祖父の鎖が少しだけ緩んだ気がした。
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