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満点の星空の下で ④

「千尋、抱っこしていい?」  ひょい、と体を持ち上げられ、光也の太ももを跨いだ対面座りになる。 「もうしてるし!」  ハンギングチェアがきぃきぃと揺れる。その不安定さに、千尋は光也の胸の硬い筋肉に両手をついた。 「……でも、ひとつだけ嘘」 「嘘?」 「うん。性別は関係ないとか言いつつ、千尋がオメガで、俺がアルファでよかったと思っているんだ。千尋と俺は、他の性別にはない繋がり……唯一無二の番になれる。それに俺はハイアルファだから、体力も腕力も千尋の数倍強い。小さい頃は千尋が俺を守ってくれたけど、これからは俺が千尋を守れる。ねぇ、俺に千尋を守らせて?」  甘い声で言葉を紡いだ唇が、額に降りてくる。返事はわかっているよ、と言わんばかりにちゅ、ちゅ、と頬にも耳にも口づけされて、千尋はくすぐったさに身をよじる。 「でもっ、でも待って」 「ん?」  光也の胸に置いた手を突っ張り、キスの嵐から距離を取った。  光也は不服そうに首をかしげる。 「みっくんは僕を運命の番だと言ったよね? でも、僕は今までみっくんを忘れていたばかりか……ごめんなさい、運命とか、やっぱりわからないし、今の自分の気持ちでさえよくわからない。ヒートもそう。みっくんの匂いに反応していたとか、自分じゃわからなくて……実は最初は匂いが気持ち悪いくらいで……」  言い難くて語尾が萎んでいく。なぜなら千尋も少しだけ嘘をついているからだ。  光也とは、みっくんとわからない前に、すでに一緒にいたいと思った。光也の誠実さやさりげない優しさに触れ、初めて他人と関係を築く喜びを知った。  そして……彼がみっくんだと知り、そのままの自分が好きだと愛を囁いてもらい、溢れんばかりの喜びが胸に満ちている。  本当は今すぐにでも光也の胸にもたれ、キスを体中に受けたいと思っている。でも、これを「好き」というのだろうか。依存とはどう違うのだろう。  耳と心に絡みついた祖父の言葉は、緩みこそすれ簡単には(ほど)けない。長きに渡り他人との接触を避けてきた千尋だから、恋愛以前のほのかな感情さえも持ったことがない。  でも多分……いや、やっぱり……心の奥底、わかりそうでわからない自分の気持ちが酷くもどかしい。 (僕にもみっくんが運命だとわかる嗅覚があればいいのに)  黙りこくってうつむく千尋を見て、光也はうーんと首をかしげた。 「そうか。そうだよね。だから俺の言葉をストレートに受け止めてくれなかったわけだしな……じゃあさ」  後頭部に手を回され、光也の首の付け根に顔を寄せられる。 「単純に俺の匂い、今はどう? 嫌?」 「え? 匂い? ……んっっ! みっくん、ずるい……!」  通常、アルファはオメガの発情フェロモンに反応したときにしかフェロモンは出ないが、優勢アルファだけは、自身のフェロモンを意識的に放出することができる。  オメガ保護法により、誘惑を目的とした使用は禁止されているが、まだ番ではない恋人のオメガにマーキングして他のアルファから守るためや、発情して見境がなくなったアルファを威嚇してラット化を防ぐためなら許されている。 「どう?」  千尋の批判は無視だ。光也はフェロモンを操っている。 「……っつ……嫌、じゃない」 「嫌じゃないってどういうこと?」  声のトーンが甘ったるい。光也は答えをわかっているのだ。 「そのままの意味だよ。……ねぇ、もうやめて? 嫌じゃないけど、苦しい……おかしくなりそう」  頭はくらくらして、腹の奥底はきゅん、と疼いている。光也に触れているすべての部分が熱い。特に、跨っている太ももの間が。 「口ではっきり言ってほしいけど、千尋は体の方が正直だね」  硬さを持ち始めた千尋の熱を感じ、光也は口元を緩めた。 「言わないで。だって、ずるいよ。フェロモンを出すなんて……」  そこでふと、千尋はあることに気づいた。

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