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お願い、僕をいじめて ⑦
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毎週金曜日の午後は、ブラジルLNGのプロジェクトリーダー会議だ。
各部門同士の調整も進み、現時点での問題点抽出をメインに置いた今日の会議に、光也は出席していなかった。
「藤村さん、先日お話していた親睦会の件ですけど」
会議の終わり、光也が取引先から戻るまでに出迎えの準備をしようと急いでいると、以前千尋に連絡先を聞こうとしたアルファのプロセスエンジニアが声をかけてきた。
「あ、はい」
書類を胸に抱えて振り向く。少し伸びた髪の裾がうなじで揺れた。
艶やかな黒髪と、潤いのある肌の白のコントラストが艶めかしいと光成が評してくれるが、当の本人は贔屓目だと心底思っているので、千尋と目が合った社員の頬が赤くなるのを不思議に思った。
「あ。これ、最終候補日です。前に結局個人連絡先をお聞きできなかったので今になってすみません」
「いいえ、こちらこそ! あ、連絡先交換しておきますか?」
「ほんとですか? やった。 ありがとうございます」
社員は顔を赤くしたまま満面の笑みを見せ、スマートフォンを操作する。千尋も初めての友人獲得の期待にQRコードを出して笑顔で待機していると、どうしたことか、社員がぴたりと動きを止めている。
「あの? 読み取り、できないですか?」
スマートフォンから社員に顔を向けると、社員は驚いたように鼻と口を塞いでいる。
「あの……どうかされました?」
「あ、えっ、あの、失礼ですが、藤村さんて、もしかして、番がおられます……?」
「はい?」
突然なにを聞くのだろう。怪訝には思うが、彼の焦る様子から冷やかしで聞いているのではないと見て取れたので、千尋は素直に答えた。
「番、はまだなんですが、……こ、恋人がいます。ですが、それがなにか?」
恋人だと言ってしまった。自分の発言に恥じらっていると、社員は鼻と口を塞いだまま千尋からじりじりと後ずさっていく。
「あ、はは……そう、なんですね。では、連絡先は遠慮しておきますね。連絡はのちほどメモで回しますので!」
それだけ言うと、社員は背を向け、逃げるように去ってしまった。
「え? あの……!」
残された千尋はスマートフォンを持ったまま呆然とばる。
(いったいなにごと? 番や恋人がいたら、友達ってなれないの? )
人間関係とは、やはり難しいものだ。初めての友人獲得にならず、残念に思いながら専務室へ戻る。
だから、千尋とは反対側に進む先ほどの社員の独り言はもちろん聞こえない。
「やばい、やばい。藤村さんに絡みつくフェロモン。ヤバいアルファのやつだ。ちょっとでも近づいたら、やられる……先週までなかったのに……こえぇ」
アルファ社員は全身にびっしょりと脂汗をかいていたのだった。
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