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混迷と昏迷のあいだで ①

 年明け。  ブラジルLNGプロジェクト班は現地での会合を三週間後に控えていた。  もちろん準備は万端で、リモートでブラジル側との調整もほぼ済んでいるから、実質的には建設着手前の最後の実地確認と、現地スタッフとの親睦が目的だ。  そんな中、千尋と光也はというと、減感作療法を開始した日からこの二か月、三日おきの孔の拡張と週末ごとの疑似性交は欠かしていなかった。  お守り代わりのようなものだが、ハンドカフスとコックリングの効果もあるようで、千尋が意識を保っていられる時間は各段に伸びている。 「先生、どうですか?」  今日は千尋の検診日だ。光也と二人、揃って病院に来ている。 「ええ。性ホルモンの数値が、低いなりにもバランスがよくなってきていますね。それに、こちらも」  医師が示したエコー検査のプリント画像には、初回検査日にはなかった直腸の先────子宮に当たる部分に膨らみが見られる。  医師が言うには光也の親指大くらいはあるとのことで、二人は互いの顔を見て顔をほころばせた。 「減感作療法の効果がよく出ていますね。叶さんがハイアルファであることが負担でもあると申しましたが、逆にハイアルファであることで、オメガのホルモン生成を促す力も大きいのかもしれませんね。これは我々にも朗報です。今日もフレグランスとローションを出しておきますので、続けて頑張ってくださいね」 「はい……!」  二人の顔は、医師以上にほころんだ。  その後、スーツケースを持っていない千尋のために二人で百貨店に行き、他にも滞在のために必要なものを揃えた。  外はまだ冬の冷たい風が吹き、葉を落とした濃い茶色の木々は寒そうに揺れていたが、千尋の気持ちは暖かく満たされている。  嘆き悲しんだ日が嘘のように、すべてがいい方向に向かっている気がした。   ────だが。  プロジェクトチームがブラジルへの出発を二日後に控えた朝、光也に社内監査委員からの電話が入ったことで風向きが変わる。  通話を終えた光也は、午前のスケジュールを調整するようにと指示を残し、すぐに専務室を出てしまった。  光也が専務に就任してからすぐに、独自で社内調査をしていることは知っているが、監査委員からの電話ならその関係だろうか。それにしても随分と険しい表情をしていた。  ブラジル行きが目前に迫っているので、光也の手をわずらわせるものでないとよいが……と思いながら、千尋は念のために一四時までのスケジュールを調整した。  調整配分は正解で、光也が戻ってきたのは一三時を過ぎたころだった。顔色が優れない光也に休息を勧めたが、大事な話があるとソファに促された。 「これが今朝、取引等監視委員会のメールアドレスに届きました」  緊迫した表情で対面に座る光也が出したのは、社内メールを印刷したものだ。 「告発。現専務執務室秘書、元コストエンジニアリング部第二課コストエンジニア藤村千尋氏の不正見積もりについて……」  件名を小さく口に出して読み上げていた千尋だが、目を見開いて声を詰まらせた。  恐ろしい勢いで心臓が跳ね、スーツの胸元が揺れるほど拍動する。

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