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混迷と昏迷のあいだで ③
(とはいえ……課長は元々、不正の目的があってオメガの僕に送信をさせたんだろうから、覆すのは困難かもしれない)
おそらくヒアリングは形式的なものになるだろう。アルファ至上主義の会社の中で、オメガ社員にかけられた疑惑を払拭するための機会が設けられるとは考えにくい。
光也をこの件から完全排除するのも、光也が本気を出せば真実が明白となり、アルファの常務と茂部を処罰せざるを得なくなるからに違いない。
予想は的中し、第一回ヒアリングは千尋への一方的な質疑のみだった。
本来KANOUほどの大企業であれば、社内不正に対して第三者委員会が設置されるところだが、今回の件は一般社員には知られていない。
会社としてはこのまま余計な波風を立てず、労力・費用ともかけずにあくまでもオメガ社員一個人のミスとして処理する方針で、結局顧問弁護士さえも加えない、社内の監査委員数人による社内調査チームが組まれただけのことだった。
「専務、もう心配なさらないでください。私なら大丈夫です。専務はブラジルでの仕事に集中してください」
翌々朝、ブラジルに出発する光也を叶邸のエントランスから見送る。二回目以降のヒアリングはオンラインで行うため、自宅待機の指示が会社から出ているからだ。
「ええ、わかってはいます……が、私がそばにいて収束できないことか歯痒くて悔しいです。てすが必ず正当な方法で、報いを受けさせますから」
昨日から何度同じやりとりをしただろうか。光也は心底悔しそうに頭を振り、千尋の肩を強く掴む。これでは氷の貴公子を通り越して炎の王だ。
千尋のために苛立ちをかかえたまま旅立ってほしくないのに。
「もう、また眉間に皺」
千尋は苦笑いをして、光也の眉間に触れた。
「千尋……」
あっという間にその指を握り取られ、唇が触れる。光也の後ろには成沢がいたので慌てて手を引こうとしたが、光也は千尋を引き寄せ、腕に力を入れて抱きしめてくる。
「みっ……専務……」
「はぁ……心配な上に、ニ週間も離れていなきゃならないなんて。千尋、俺がいない間もローションやフレグランスを使うのを忘れないで。あれは千尋を守る香りだから、かならず何度も使って、いつも俺を思い出して。毎日電話もするから必ず出て。なにかあったらメッセージを入れて? それから……」
思わず吹き出してしまう。まるで子供のようだ。
光也はときどき幼い頃の寂しがり屋の面影を出して、千尋の気を引こうとする。
(今はこういう形で僕を元気づけようとしてくれているんだろうな)
「みっくん、大丈夫。ちゃんとするから。……さあ専務、飛行機に遅れてしまいますよ。そろそろ出発してください」
抱きしめられたままぽんぽん、と背を叩くと、光也は最後に頬をすり寄せて千尋を離した。
「では、行きます。藤村君がまとめた資料、しっかりと現地のスタッフに評価してもらいます。チームは皆、同じ気持ちですからね」
事情を知らないプロジェクトチームスタッフたちには、千尋は体調不良で現地入りが不可能になったと伝えている。
親睦会のときに作ったトークグループでは、皆が千尋を気遣い、光也が言ったのと同じことを書き込んでくれた。
皆と一緒に現地に行きたかった。KANOUのコストエンジニア兼専務秘書として、プロジェクトに最後まで参加したかった。
(違う。過去形なんかにしない。これからもKANOUの社員としてプロジェクトに参加して、学んで行くんだ!)
強く思う。だから、自分は不正をしたのでもミスをしたのでもないことを証明したい。このまま一方的なヒアリングを受けて、ミスと認定されて辞職に追い込まれるのは絶対に嫌だ。
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