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混迷と昏迷のあいだで ⑥
自宅待機になってから五日が過ぎた。
千尋は外出もせず、成沢以外とは会わない日々を過ごしている。
成沢は光也から千尋の様子を確認するように言われているのだろう。光也が不在の間は不要だと断ったが、彼は毎日食事の用意に屋敷を訪れていた。
「藤村さん、体調がお悪いように見受けられますが……」
夕食が用意されたダイニングテーブルで、頬の赤みと動きの緩慢さに気づいた成沢に言われ、千尋はぎくりとして腫れぼったい目を見開いた。
期限がさし迫った提出書類に手もつけず、光也の部屋に籠っているからつい、光也の衣服に包まれて後ろをいじってばかりいる。ダイニングに降りる前にも没頭してしまったから、身体も顔も火照ったままなのかもしれない。
「あ……。いえ。少しだるくて熱っぽい感じはするんですけど、測ってみたら平熱でしたし、大丈夫です」
笑顔を作り、ごまかした。気だるいのは嘘ではないが、日がな一日運動もせず頭も使わず自慰に没頭していたら、そうなっても仕方ないと思う。
「だるくて熱っぽい? もしかして発情期、では……? 随分フェロモン値も安定されているとお聞きしていますし、ない話ではありませんよ。病院のご予約、しておきましょうか。一度診察していただいてはどうでしょう」
「い、いえ。違います。これは、そういうのではなくて」
発情は確かにしている。でも、それは光也の衣類と香りに包まれて「普通に欲情」をしているだけだ。恥ずかしすぎてとても言えることではない。
「光也様にもお伝えはしておきましょう。今からすぐにでも」
「い、いいえ! 大丈夫です。このあと、専務から連絡が入りますので、私から話します。それに、病院の予約は専務の帰国後に入れてあるので、そのときで間に合いますから」
慌てて成沢の言葉に被せて言った。ブラジルでの仕事は順調な様子とはいえ、余計な心配はかけたくないし、そもそも発情期ではないのだから。
「そうですか? 私はベータなのでフェロモンの香りはあまりわからないのですが、ここ数日、藤村さんからクチナシのような香りを感じてもおりまして……」
「それは、みっくん……専務の。専務がご不在なので、その間フェロモン値が下がらないよう、お薬を多めに使っているからだと思います」
「ああ、なるほど。光也様お出かけになる前に、そうおっしゃっていましたね」
成沢は納得したようで、うなずくと調理器具の片付けを始めた。
その後成沢が帰宅するのをエントランスから見送ったあと、見計らったようにスマートフォンの着信音が鳴り、ここ数日入り浸っている光也の部屋に無意識に入っていた千尋は、画面をタップした。
「みっくん、おはよう」
ブラジルとの時間は十二時間だから、あちらは朝の八時くらいだ。
「おはよう。千尋は夕食を終えたところだね。今日はちゃんと食べた?」
毎日のことだがビデオ通話画面の光也は心配そうな顔をしている。
成沢から聞いているが、光也はブラジルでの忙しい仕事の合間を縫って本社に連絡し、副社長や監査委員に千尋の件をかけあっているそうだ。
だがのらりくらりとかわされ、日本にいて直接動けない光也は歯がゆい思いをしているらしい。
「大丈夫。日々食べる量は増えてるから」
千尋は画面を少し引き気味にして答えた。顔がむくんでいるのを見られたくない。自慰に耽っているためとは思わないだろうから、また余計な心配をさせてしまいそうだ。
「千尋……? それ、どうしたの?」
すると光也が眉根を寄せた。
(それ? 顔じゃなくて、それ……?)
「……あっ!」
画面の向こうの光也の視線の先に気づいた。
光也は自分のベッドの上の、千尋が作った「光也の城」を見ている。
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