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混迷と昏迷のあいだで ⑪
彼はさっきと同じように千尋の肩に手を置き、引き止める。
思わぬ申し出に驚いた千尋は、ドアに向けていた顔を彼に戻した。
「私は社の庭園管理をしているので、設備の方に少しばかり顔がきくんですよ」
「いや、顔がきくって、でも」
戸惑いで眉根が寄った。
ガーデニング会社こそ外部委託だ。千尋が行くよりも成功率が低いに決まっている。
「大丈夫。ただ、一時間くらいはかかるかもしれないから、君の迎えを呼んでおきます。それまでは車の中から出ては駄目ですよ? 絶対に」
彼が初めて帽子のつばを上げて、念を押すような視線を向けてくる。その瞳は、美しい琥珀色をしていた。
「あなたは……!」
千尋が彼にすがろうとすると、彼はふふ、と微笑んだ。
「安心して、僕は君の味方だよ……千尋君」
そう言うと千尋をシートに倒し、頭を撫でて車から降りる。
千尋は後を追おうと身体を起こし、窓に手をついた。だが、帽子を深くかぶり直しながら社屋地下入り口に向かう彼と入れ違いに、よく知るコスニのアルファ社員が二人出てきて、急いでシートに伏せて隠れた。
(あの人は……あの人は……)
光也と同じ色の瞳と髪。光也の幼い頃を思い起こさせる儚げな美しさ。
「あの人は……うっ! ……ふ、は、ぁぁ……」
ヒートの波が還ってきた。
頭の中がくらくらとし、間欠的に押し寄せる疼きにめまいがして、目を開けていられなくなる。
頭に光也を思い浮かべたからだろうか、あの筋張った大きな手で触れられると昂る秘所が、どうしようもなく焦れったい。今すぐに手を伸ばしたくなる。
(駄目、こんなところじゃ、駄目)
必死で淫らな欲望を抑える。
そうして、ジーンズのクロッチ部分が粗相をしたかのように濡れて、気が狂いそうに苦しくなってきた頃、車の窓を叩く音がしてドアが開いた。
成沢が現れ、切迫した顔で千尋の名を呼んでいる。
(……やっぱりお迎えは、成沢さんだった)
ほうっと安堵のため息をつく。
成沢はすぐにペンニードル型の抑制剤を打ってくれた。
波が引くように、熱と疼きが流れていく。ともに意識も薄れて行くのを感じながら、千尋はそっと目を閉じた。
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