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専務、溺愛ハラスメントはおやめください ④

「やめ……いや、ぃやだぁぁ!」  妄想の中ではいくらでもこんな場面を描いてきた。  だが違う。こんなのは現実で望んだことではない。千尋が望むのはただ一人。心から愛する千尋の唯一のアルファだけ。 「みっくん! みっくんん!」  千尋はなけなしの力をふりしぼって身体をよじり、ベッドの上方に逃げながら声の限りに光也の名を呼んだ。  その瞬間。 「千尋!」  声とともに突然、長身で引き締まった影が、開け放たれたままだったドアから飛び込んできた。  同時に鈍く大きな強打音がして、顔を斜めに歪めた常務の身体が浮き上がり、ベッドの下に倒れ込んだ。 「千尋、千尋!」 「みっ、くん……?」  信じられない気持ちで見上げれば、涙で膜が張った瞳に愛しい男の切な気な顔が映る。  震える手を伸ばせば強い力で抱き寄せられ、ぬくもりのある広い胸の中に閉じ込められた。 「そう、俺だよ。千尋……帰ってきたよ」 「みっくん、本物……?」  精液でべとべとに濡れた指で頬に触れる。  暖かくて(すべ)らか。しっかりとした感触がそこにあった。 「本物だよ。実は一昨日、電話をしたすぐあとに飛行機に乗ったんだ。突然の帰国サプライズのつもりだったけど……」  光也が後方に首を捻る。 「俺の方が驚かされてしまったね」  言葉の最後の方の声質がとてつもなく冷たくて、光也の視線が動いた先のカーペットに、千尋も視線を移動させる。  そこには泡を吹いた常務が倒れていた。 「千尋、ごめんね。少し待ってて」  にこっと微笑んだ光也は、千尋の額に唇を落とすと立ち上がり、常務の襟元を掴んで荒々しく揺さぶった。 「あ……? み、光也!」  いっそ気を失ったままの方がよかっただろう。  瞼を開いた常務は光也に気づいて冷や汗を垂らした途端、またもや顔が歪むほどの激烈パンチを喰らった。 「み、みっくん!」  千尋は慌てて制止の声を出すが、光也は続けてアッパーを繰り出す。 「義兄さん、藤村秘書が持っているこの画像、提出されると困るから取り返しに来たんでしょう?」 「ち、違う。あの泥棒オメガが社内の映像を持ち出したと聞いたから、社に不利益があってはならんと持ち出し先を追ったまでだ。お前の父親は人のものを盗むのがうま……ひっっ!」  光也は常務の胸元を掴み上げ、首を絞める。 「泥棒オメガ、ね……泥棒アルファの減らず口はどうしてやりましょうか……そうですね、義兄さんのこの姿も画像におさめ、監視カメラの画像と一緒に監査委員に提出しましょうか?」  汚いものを見る目を向けられた常務は、自分の首から下を見下ろした。下半身が丸出しになっている。 「こ、これはそいつが誘惑を……ぅあっ!」 「みっくん、もうやめて!」  光也が再び拳を作って腕を引いたのと、常務が歯を食いしばったのと、千尋が光也を止めようと背に抱きついたのは同時だった。  ふぅ、と息を吐き、光也は拳を緩める。代わりに、常務の赤く腫れた頬を力いっぱいつねった。 「ヒィィ!」  情けない声を出し、涙目になる常務の胸元から手を放した光也は、クローゼットの方向に視線を向けた。  そこには無残に千切れたハンドカフスと、中身がなくなったフレグランスボトル。  ボトルはハンドカフスを千切って立ち上がった際、常務が踏みつけたためにノズル部分が損傷している。 「俺が千尋のために用意したものを使い、壊し……」  光也の奥歯がぎり、鳴った。 「あまつさえ俺の愛する人の艶めかしい姿を見て、柔らかく滑らかな尻を揉み、汚らわしいものを押しつけて……義兄さん、今生きていられることを、感謝なさってくださいね?」  怒りは炎にたとえるものだと思っていたが、氷雪でもあるのだと、このとき千尋は初めて知った。 (ま、まさに氷の王子!)  常務は氷漬けで氷山に埋められたかのように表情も体もかちこちに固まり、その後は光也から指示を受けた成沢によりどこかへ連れて行かれた。

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