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番外編Ⅱの③
そうして後日。
千尋と光也は「CLUBマゾ」に赴いた。
普通SMクラブは事務所以外の店舗を持たず、予約が入ったら決まったホテルでプレイをするのだが、このクラブは廃業になった西洋風ホテルを買い上げ、館内でプレイできるのが売りだった。
二重になったエントラスを抜けると品のいいロビーと受付が見えてきて、ここがSMクラブだろうかと一瞬思うが、両壁にはしっかりとキャストの写真やSMプレイのポスターが飾られている。
四つん這いになった背に女王様が据わっているもの。お尻にムチを打たれているもの。キスマークや蝋責め痕が残った裸体を革紐で縛られている過激なものまで。
千尋は革紐で縛られているポスターを見て懐かしげに目を細めた。
キャストにここまでをされる勇気はなかったが、いつかこのポスターのように虐められてみたいと憧れていたものだ。
(今はもう、みっくんがたくさん痕をつけてくれるもんね……あとは、早く咬まれたいな)
ふっと光也を見上げると、いたたまれない表情をしてポスターを見ていたが、千尋と目を合わすと笑みをこぼしてくれる。
きっと伝わっているのだろう。そっとうなじを撫ででくれた。
(あ~~みっくん、大好き!)
(俺もだよ、千尋)
心で会話できた気がした。
「藤村様。お久しぶりです。今日はカップルプランということでお聞きしております! モトがルームで待機しておりますのでどうぞ」
受付に声をかけられ、基本料金は前払いでモトのプレイルームに進む。
「カップルプランって……?」
光也が小声で訊いてくる。ほんの少し焦っているようだ。
「だって、挨拶だけでは入れないし、ふたりで入るなんて、それこそこのプランじゃないと駄目だから。本当にするわけじゃないから安心して」
「まあそうだろうけど」
光也が納得したところでノックをして扉を開いた。
「……藤村さん!」
赤いボンテージに、仮面をつけた小柄なキャストの明るい声がした。
光也は「いかにもサドキャスト」なキャストを想像していたようで「え? この人?」と呆けた声を出した。
装いはサドキャストだが背は千尋よりもまだ少し低く、華奢だ。すぐにオメガだとわかる。
光也がホッと息を吐いたので、安心したのだろうと思った。
「みっくん。彼がモトさんだよ。こう見えて、プレイのときには迫真に迫る演技で希望を叶えてくれるんだ」
「みっくんさん、初めまして。モトです。こんな見た目ですが、プレイは基本目隠しですから、必ずご満足頂ける時間を提供しますよ。みっくんさんはMですか? それとも、藤村さんを一緒にお仕置きするSの方ですか?」
「違います。今日は俺の千尋がお世話になったご挨拶のみで伺いました。ね、千尋?」
「みっくんさん」と呼ばれたときから明らかに作り笑顔の光也に、ぐぐぐ、と抱き寄せられた。たとえこれが仕事のオメガにでも、もう千尋の身体を触らせないという気概が伝わる。
「そう、そうです。モトさん、これ。今までありがとうございました」
千尋は花束をモトに差し出した。
モトはプレイがないのは残念だと言いながらも花束を受取り、その後、千尋の近況を聞いてくれる。
部屋に椅子らしい椅子がなく、千尋はベッドでモトと並び、光也は股のところが凹になった椅子に座るのがとても心地悪そうだったが、座るとことが尖った木馬よりはよかっただろう。
「そう、藤村さんが幸せに向かってると知って、安心しました。良かったね。藤村さん」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、お店よりも、恋人が理解してプレイしてくれるのが一番ですし、僕も嬉しいです。みっくんさんは優しそうな雰囲気ですけど、プレイのときは結構激しくされるのですか?」
モトに問われて、千尋と光也は目を合わせて黙ってしまう。
「最近は、その、必要に迫られて……あると言えばあるんですけど、その、プレイと言うわけじゃなくて」
千尋がもごもご言うと、光也がきりっと答える。
「俺は千尋に痛い思いをさせたくありません。優しく甘やかして、それで感じてほしいので」
「はあ、なるほど。まあ、Мじゃない人にMになれというのも拷問ですからね……でも、必要に迫られて、というのはどういうことで?」
問われて、発情期が正常に来て、番を結べる体作りをしていることも伝えた。
そうこうしているうちに時間が残り五分ほどになり、千尋と光也はもう一度はなむけの言葉とお礼を伝える。
「じゃあモトさん、お元気で」
「ええ、藤村さんも。ああ、そうだ、みっくんさん」
部屋を出ようとすると、モトが光也を呼び止め、なにかを耳打ちした。
光也は「え?」と驚いた顔をしたが、モトが身振り手振りでなにかを説明するのを頷いて聞き、最後に「ありがとうございます」と微笑む。
千尋が「なあに?」と聞いても、愉しそうに笑うだけで答えはなかった。
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