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第2話

「彼女できたならすぐに教えてくれればよかったのに、水臭いっていうか」 「はいはい、その話何回するの?」  うんざりした声に遮られる。いつの間にか店を出ていて、気がついたら肩を借りてしょうちゃんの住むアパートの部屋の前まで来ていた。  ここに来るのは先々週ぶりだが、学生の頃は毎日のように入り浸っていた。うちには両親も弟もいるので、大学進学を機に一人暮らしを始めたしょうちゃんのところは何かと都合がよかった。一人暮らしであることに加えて大学からも近かったため、俺だけではなく実家住みや家が遠い奴らが出入りするたまり場になっていた。  しょうちゃんのうちはいつ来ても綺麗、とまでは言わないがあまり物が散らかっていない。雑誌が何冊か重なってテーブルの上にあったり上着が適当に椅子にかけられていたりするが、出ているものは必要最低限という感じがするし、少なくともゴミが床に放置されているということはない。適度な生活感があり相も変わらず居心地がいい空間だ。 「おすわり」  ふっと足の力が抜け、床に座り込む。 「明生くん飲み過ぎ。ほら、水飲んで」  ネクタイを外したしょうちゃんが、グラスを片手に俺を見下ろしている。 「ビールは?」 「さっきたくさん飲んだろ? 今日はもうおしまい」  口を尖らせ、渋々水の入ったグラスを受け取る。  仕事終わりに待ち合わせをして安い居酒屋に入った。アルコールとたばこのにおいが充満するそこで何杯もジョッキを空けた。いつもはそんな無茶な飲み方はしないが、今日はベロベロに酔っ払いたい気分だった。  水を一気に飲み干すと、今度は服を脱げと命令された。何も考えず、ワイシャツを脱ぎベルトを外す。その場で全裸になると、シャワーを浴びてこいと言われた。立ち上がり、覚束ない足取りで勝手知ったる浴室へ向かう。  酔っ払って訳がわからない状態で命令されるのは気持ちがいい。アルコールも手伝って、頭も身体もふわふわする。  シャワーを浴びると、少し頭がすっきりした。我が物顔でバスタオルを使い、用意されていた寝間着に着替えた。部屋に戻ると、持ち前の面倒見の良さで脱いだ服は片付けられており家主はソファに座ってテレビを見ていた。テーブルの上にはコンセントにプラグが刺さったドライヤーが用意してある。 「おいで」  コマンドに従い、しょうちゃんの足元、股の間に背を向けて座る。しょうちゃんが俺の肩にかけてあったタオルで俺の髪を拭き、ドライヤーを当て始める。  シャワーを浴びてすっきりした頭が、またぼんやりとしてくる。しょうちゃんの手が気持ちよくてウトウトする。  ドライヤーの音が止み、半分飛んでいた意識が戻ってきた。しょうちゃんが手櫛で俺の髪を整える。しょうちゃんの手つきが優しくてたまらない気持ちになる。  膝を抱え、しょうちゃんの片足に寄りかかった。なぜか感傷的な気持ちになって、視界が滲んでいく。ズッと鼻を啜ると、は? 泣いてるの? と動揺した声が降ってくる。 「冬也に彼女ができて、喜んでやれない俺っておかしいのかな」 「今日はもう寝ろ。ベッド譲ってやるから。な?」  冷たくあしらわれ、半分拗ねてしょうちゃんのベッドに入った。 「冬也とは兄弟じゃん。あいつに彼女ができても何も変わらないって」  冬也に彼女ができたことについてはさほどショックは受けていない。ブラコンである自覚はあるので、やはり寂しいには寂しいのだが。 「冬也の彼女、Subなんだって。もう俺の相手してくれなくなったらどうしよう」  酒のせいで感情がいちいち大袈裟になる。冬也するのはあくまでも応急処置。パートナーの関係ではないので、不安になるようなことでもない。 「そしたら俺が相手してやるから。だからとりあえず今日はもう寝ろ」  寝ろという命令が効いて、ごちゃごちゃしていた頭がぷつりと電源を消されたテレビのように静かになる。いつもならすぐに意識を失うのだが、今日は顔を触られてすぐには落ちなかった。乱暴に目元を拭われて、それから、唇に何か柔らかいものが触れた。それが何か引っかかったが、目を開けることができずに意識を失った。  翌朝目が覚めても胸の引っかかりはとれなかった。しょうちゃんの命令で眠った翌日は身体が軽くて頭がすっきりしているのだが、今日は身体は軽いものの頭はモヤモヤしてすっきりしない。  身体を起こすと、床に布団を敷いて横になっていたしょうちゃんと目が合った。カーテンも開けずに、隙間から日が差す薄暗い部屋でスマホをいじっている。  俺が起きたとわかると、しょうちゃんはすぐに布団から出てカーテンを開けた。すっかり日が高くなっている。 「昨日すごい酔ってたけど、具合はどう?」 「ちょっと頭痛いかも」 「昨日のこと覚えてる?」  うん、と返事をしながら、布団を畳んでいるしょうちゃんをベッドの上から観察した。昨日のことは全部覚えている。なぜしょうちゃんは普通にしていられるのか、そう考えると無性に腹が立ってくる。 「しょうちゃん、昨日俺にキスした?」  一瞬の沈黙の後、しょうちゃんがした、と答えた。 「なんで?」 「好きだったから」  突き放すような冷たい言い方で、こちらを見ようともしない。俺の認識が間違っていなければ今のは告白だった。  別に初めてだったわけじゃないし、キスひとつに目くじら立てるような年齢でもないが、寝込みを襲うのは卑怯だと思うし、何よりも、友情に傷を付ける行為だという自覚はあるのだろうか。  しょうちゃんがそんな態度なので、ますます俺をイライラさせられた。 「朝ご飯、どっか食いに行く?」  しょうちゃんが心なしか態度を軟化させる。このままうやむやにしようという魂胆が見て取れた。 「行かない」 「じゃあどうすんの」  ムッとしたしょうちゃんに帰る、と答えると、冷たい声のままじゃあ気を付けてねと言われた。怒っているみたいに聞こえたが、本来怒るのはこちら側のはずで、理不尽さしか感じない。有言実行ですぐに帰り支度をしてしょうちゃんのアパートを出た。

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