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第12話
枕元でアラームが鳴り、もう朝かと渋々スマホに手を伸ばす。アラームを止め、寝返りを打つと明生くんがぱっちりと目を開けていた。
「おはよ」
「なんで俺ここにいんの?」
「昨日あのまま寝ちゃったんだよ。覚えてない?」
覚えてない、と明生くんが復唱した。
「ま、いいや。明生くんも一緒に起きようよ。軽く散歩しよ?」
明生くんは嫌だと言って、掛け布団をたぐった。いつも明生くんが起きてくるのは俺が家を出る時間だし、一分一秒でも長く布団にいたい気持ちも、明生くんが人一倍その気持ちが強いことも知っている。早々に諦め、ベッドから降りて部屋を出た。
廊下に出て伸びをして、腕を下ろしたときに身体が軽いことに気付いた。ここしばらくの間、ギリギリまで起きれなかったり起き抜けに身体がだるい症状があったが、それらが一切なくスッキリした気分だった。
トイレと洗顔を済ませ、ふたり分の弁当と朝食を作る。テレビを付けて新聞を読みながら朝食を摂り、歯磨きと着替えをして、明生くんを起こしてから出勤した。時間に余裕が生まれたからか、気分が軽かった。
今日は帰宅できたのは21時過ぎだった。基本的に明生くんが待ってくれていて一緒に夕飯を摂るが、遅くなる日などは先に済ませていることもある。明生くんの中で21時がボーダーラインで、過ぎるなら先に食べることにしているらしい。
明生くんが温め直してくれたビーフシチューを食べていると、給湯完了のアナウンスが鳴った。隣でテレビを見ていた明生くんがおもむろに腰を上げる。
「待った」
ピタリと明生くんが動きを止める。
「一緒に入ろうよ」
「……いいけど」
座り直した明生くんの髪をわしゃわしゃ撫でた。
「今日は調子良さそうだね」
湯船に浸かった明生くんがバスタブに肘を付いて言う。昨日おどおどしていたのが嘘みたいにさっさと脱いで一番風呂に入った。
浴槽が狭いので、仕方なく先に洗い場を使う。
「おかげさまで」
「Domにも禁断症状みたいなのあるの?」
あるよ、と返事をしながら、昨日までの自分は明生くんの言うところの禁断症状みたいなのが出ていたのではないかと気付いた。
明生くんに構えないことにストレスを溜めていたせいで明生くんに影響を及ぼしていたのだとしたら、昨日明生くんがビクビクしていたことにも説明が付く。なんかごめん、と謝ると、別にいいよ、とあっけらかんに言われた。
たまにイライラさせられるが、明生くんの大雑把なところを好きだなと思う。今すぐ抱きしめたい。もっと風呂が広い物件にすればよかった。
「明生くん、ここ座って」
髪と身体を全て洗ってしまうと、風呂椅子を空けた。自分で洗うから、と遠慮する明生をいいから、いいから、と強引に呼びつけて頭と背中を洗わせてもらった。俺が我慢することで悪影響を与えてしまうなら、多少強引でも我を通そうと決めた。
幼い頃から何度も一緒に風呂に入ってきた明生くんの身体をエロい目で見るつもりはなかったが、自分が付けたキスマークに目が行くのは仕方のないことだった。
あんまり帰りが遅くなる日は例外だが、大体毎日一緒に風呂に入り、明生くんの髪を乾かしてやってから一緒のベッドで寝ることが定番になった。明生くんの順応力は高く、3日目からは一緒のベッドで目を覚ましても動じなくなった。
身体や髪を洗うだけでは飽き足らず、入浴後の肌の保湿や爪の手入れもさせてもらうようになった。髪を乾かすことすら面倒臭がる明生くんなので、最初のうちは嫌がられたが今はおとなしくやらせてくれるようになった。
キスマークが綺麗さっぱり消えた頃。ドライヤーを済ませて解放してやると、明生くんが膝に乗ってきてウトウトし始めた。ドライヤー後、膝の上に呼んでコマンドを使って眠らせたのは最初の1回きり。それ以降、勝手に膝の上に乗ってきて腕の中で寝落ちしている。そういう風に躾けたつもりはなかったが、明生くんの中ではドライヤーと俺に抱っこされて眠るのがワンセットになっている。
「そういえば明日は何時に出るの?」
「んー……11時ぐらいかな」
それなら8時頃起きるで問題ないかな、と頭の中で明日のスケジュールを組み立てる。
すぐに明生くんの寝息が聞こえてきた。こうなると身動きできないので、右手に持っているドライヤーのスイッチを再びONにして自分の髪に当てる。やりづらいが、できないことはない。
明日、明生くんは実家に一時帰宅する。昼食にお呼ばれしたらしい。俺もどうかと声を掛けられたが、一家団欒を邪魔する気はないので丁重にお断りした。傍から見ても俺たちの関係性は特殊なので、親御さんとしては息子のことが心配なのだろう。
明生くんと同居を始めて一月が経つ。この先やっていけるのかと不安に思う時期もあったが、今は概ね順調だ。ずっとこのまま平穏に日々を重ねていければいいとも思うし、本当にずっとこのままでいいのかとも思う。
髪が乾いて、ドライヤーをソファの上に放置してぼんやりしていた時。ふいに明生くんがぎゅっとしがみついてきた。ん、と耳元で色っぽい声を出され、ゾクッと首筋に悪寒が走る。ずり落ちそうな身体を立て直すため、身体を密着させてきた。わざとやっているとしか思えなくて明生くんの顔を見るが、まぶたが閉じられていた。
そっと息を吐き出す。胸がドキドキと音を立て、俺と明生くんの間で、俺の性器が芯を持っていた。
下を触りたい。本能的な欲求が芽生えるが、ぴったりと明生くんが身体を密着させていて、手を入れることが叶わない。できないとわかった途端に下がどんどん硬くなる。明生くんに悟られないよう呼吸を浅くして息苦しくなる。せっかく同居まで漕ぎ着けたのに、この生殺し状態は何なのだ。
明生くんに身じろぎされたら終わりな気がして、明生くんを抱えてベッドに運んだ。
意識のない明生くんを運ぶのはもう慣れたものだが、今日はなんとなく違和感があった。いつもはもっとだらっと力が抜けきっているが、今日は身体に力が入っていた。
「明生くん、もしかして起きてる?」
閉じているまぶたがピクピクと痙攣して、狸寝入りしていることを確信した。
瞬発的に怒りが湧き、裾を捲り上げて脇腹に吸い付いた。勢いよく明生くんが身体を起こす。
「なっ、何!?」
「どうして寝てるふりなんてしたの?」
正面から睨み付けると、明生くんはすぐに視線を逸らした。
「雰囲気的に目開けづらかったんだよ」
「へぇ……」
明生くんの言い分は理解できる。相手が勝手に盛っていて、ベッドに運ばれて、目を閉じてやり過ごせるのならそれが一番賢いに決まっている。
しかし、思わせぶりな態度をとっているのは誰だ? 俺は明生くんに好意を伝えていて、その上で同居することを選んだのは明生くん自身ではないか。俺の気持ちは一切考えないのか。
肩に体重を掛けて押し倒し、胸の上に馬乗りになる。
「起きてるならちょうどいいや。ちょっと付き合ってよ」
ズボンと下着を一緒に下げ、勃起した性器を露出させた。明生くんは目を見開いた後、またすぐに目を逸らす。
「はぁ……」
前屈みになって明生くんの顔に性器を近づけ、上下に扱く。すぐに先走りが出てきて指に絡み、性器全体が濡れていく。明生くんが一瞬怯えた目をこちらに向けた。俺と視線を合わせないようにしながら、でも何をされるかが怖くて目を閉じれないでいるようだった。
明生くんの固まった表情を見ながら一心不乱に扱いた。どんどん息が荒くなり、扱く手はくちゅくちゅと音を立てている。
身勝手な自覚はある。明生くんにプレイと恋愛を切り分けろと言いながら、俺自身が切り分けできていない。
「目と口閉じてて。もう出すから」
明生くんがぎゅっと目と口を閉じる。鈴口から白い液体が噴き出し、明生くんの髪と顔を汚した。そういえば自慰をするのは久しぶりだった。濃い液体がたくさん出た。
呆然としながら、荒い呼吸を繰り返す。それは明生くんも同じで、射精する間、息を止めていたようだった。
明生くんの上を退き、下着とズボンを上げた。リビングからウエットティッシュを持ってきて、明生くんの顔を拭いた。明生くんはただ腹を上下させるだけでピクリとも動かなかった。
「俺が寝てる間、こういうことしてたの?」
ウエットティッシュをゴミ箱に捨てた後、ぽつりと明生くんが言った。
「それだけは絶対にしてないから、見損なわないで」
一緒に居るのが苦しくなって部屋を出た。リビングの明かりを消してソファに横になり、薄いブランケットを手繰った。時期的に厳しいが、身体が痛くなろうが風邪を引こうが仕方がない。
明生くんには絶対ないと言ったが、脇腹にキスマークを付けた前科がある。消えてもなお明生くんは気付かなかったが、見損なわないでと、どの口が言えるのか。
あんなことをした後すぐに眠りにつけるほど図太い神経は持ち合わせていない。目を閉じて何度も寝返りを繰り返していると、スーッと襖が開く音が聞こえた。今度は俺が狸寝入りをする番だった。足音が近づいてきて遠ざかり、また近づいてきた時に身体に重みが乗った。すぐ後ろの襖が開いて、閉まった。
俺の部屋から布団を持ってきて、自分の部屋へ戻ったようだ。しばらくソファでうだうだしていたが、やがて身体を起こし、布団を持って自室へ戻った。
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