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第17話

 店の前で間宮と別れ、しょうちゃんと車が止めてある駐車場へ向かう。  しょうちゃんが来てからは無心で飲み食いしていたせいでいつの間にかキャパオーバーしていた。道中でとうとう取り繕う余裕がなくなり、その場にしゃがみ込んだ。  とりあえず道端に避け、地べたに座って俯く。今日はビールだけだったので大丈夫かと思っていたが、油っぽい肉ばかりを食べていたのがまずかったのかもしれない。年齢的にはまだ若いと思っていたが、悲しいことに内臓は衰え始めていた。  冬場の夜の空気を、火照った身体に心地好く感じていたのは最初だけ。特に布越しに尻から伝わる冷えが容赦なく、体温を奪われガタガタと身体が震える。動けないから寒空の下うずくまっているわけだが、ずっとここにいたら凍死してしまう。  車とってくる、と言うしょうちゃんを引き留めて困らせた。しょうちゃんの運転が下手なわけではないが、振動や窮屈さを想像するだけで地獄だ。何よりも、人通りが少なく薄暗い路地にひとりぼっちにされたくない。  しょうちゃんが困ったように顔を顰め、スマホを見始める。 「明生くん、ちょっとだけ頑張れる?」  しょうちゃんがポケットにスマホをしまい、俺の腕を担ぎ上げる。胃の中の物がせり上がってくる感覚があり反射的に口に手を当てた。とても気持ち悪くて吐きたいのに、吐けない。吐いて楽になりたい気持ちと同じくらい、吐きたくないとも思っている。酒のせいで目が回る。足がもつれる。  いつの間にか綺麗なトイレの便座に突っ伏していた。しょうちゃんが背後から俺のワイシャツのボタンを外している。 「ここ、どこ?」 「近くにあったラブホ。さっきもこの会話したばっかりだよ」  汚れるから脱いでと言われたが、もう1mmも動きたくない。揺らさないでほしいのに、ワイシャツを無理矢理しょうちゃんに剥ぎ取られた。  いつの間にか腰のベルトはなくなっており、フロントホックが開いてチャックが下ろされている。 「ごめんね」 「ん、ぐ!」  後ろから顎を持ち上げられ、二本の指が口の中に入ってきた。苦しくて暴れたが手遅れで、ぐっと舌の根を押され無理矢理喉を開かされる。 「オ゛エ゛エェェェ」  激しいえづきに襲われ、身体を硬直させて便器に顔を突っ込む。吐くに吐けなかった物が、いとも簡単に便器に流れ出た。 「ハァッ、ハァッ、ハァ」 「よしよし、よく頑張った」  便器の水を流した後、荒い呼吸を繰り返す俺の背中をしょうちゃんが強めに擦った。口の中が苦くて臭くて不味いが、胃の不快感はだいぶ楽になった。  便器から顔を上げ、滲んだ視界でしょうちゃんを振り返る。 「水あるよ」  しょうちゃんがペットボトルの蓋を開けている。重い身体を起こし、しょうちゃんに抱きついた。  ペットボトルがしょうちゃんの手を離れて床を転がる。まだ完全に蓋は開いていなかったので、中身はセーフ。しょうちゃんにとっては想定外のことで、当然身構えていなかったので派手にトイレの床にひっくり返った。ドアが開けっぱなしだったので、幸い頭は打っていない。形的にはしょうちゃんを押し倒したことになる。 「痛っ……今日は一段と酷い酔い方してるな」  しょうちゃんに跨がったまま両手で顔を挟むと、苦笑いしていたしょうちゃんが顔色を変えた。 「は? ちょ、せめて口ゆすいでからにして!」  顔を近づけると、力いっぱい抵抗して顔を背けられた。頬に唇を押しつけ、力尽くで正面を向かせてから唇にもキスをした。しょうちゃんが折れてさせてくれた、という方が正しいかもしれない。 「捨てないで」 「は?」 「籍入れる気ないって言った」  しょうちゃんがちょっと間を開けて、あーと濁すように声を漏らした。しょうちゃんの目が泳ぎ、にーっと口角が上がる。すぐにパシッと口元を押さえて取り繕っていたが、ニヤけ面をはっきりと見てしまった。ムカつく。 「ちょっとは意識してくれたらいいなーとは思ってたけど、まさかそれでヤケ酒なんかしてくれると思ってなくて。ごめんね」  目尻が下がったまま上目遣いされて、ちょっと可愛いと思ってしまった。思い切り二の腕をひっぱたくと、痛ぇ、としょうちゃんが叫んだ。  その場にしょうちゃんを置いてふらふらと立ち上がると、トイレを出て当てずっぽうで隣のドアを開けた。初めて入るホテルではあったが、大体トイレと洗面台、風呂場は隣り合っている。洗面台で口をゆすぎ、歯磨き粉を乗せた歯ブラシを口に突っ込んだ。  睡魔と戦いながら歯を磨いていると、後ろからしょうちゃんが近づいてきてぎゅっと俺に抱きついた。まだ許したわけではないが、足元がふわふわしていたので寄りかかるにはちょうどいいと思うことにした。  何を勘違いしたのか、しょうちゃんが下着の中に手を入れ、首に口づけてきた。おい、と抗議の声を上げる。 「シよ?」 「やだよ。俺まだ怒ってるんだけど」  コップに水を溜め、口をゆすぐ。屈んだ時にきゅっと乳首をつままれビクリと身体が反応する。 「しつこい!」  鋭く声を上げると渋々引き下がっていった。ドアは開けっぱなしだったので、しょうちゃんが部屋の大半を占めるでかいベッドに腰を下ろしているのが鏡越しに見えた。  顔を水洗いすると、少しさっぱりした。髪が焼き肉臭いのが気になるが、風呂は今日は止めておいた方がいいか。  顔を上げると、鏡越しにしょうちゃんと目が合った。 「おいで」  それは命令だった。口調は柔らかいが、目は笑っていない。  本当は、ずっと背中に視線を感じていて見ないようにしていた。恐る恐るしょうちゃんの目の前に立つと、両手を握られた。 「嫌だったらセーフワード使って」  しょうちゃんがベッドから立ち上がり、貪るように唇を吸われる。ぐいぐい身体を押しつけられ、いつの間にか立ち位置が反転し背後にベッドがあった。そのままでかいベッドになだれ込む。  本気で拒絶したわけじゃなかったのを、しょうちゃんに見透かされていた。  存分にキスをした後、しょうちゃんが無抵抗の俺からズボンと下着を剥ぎ取る。 「ふにゃふにゃだ」  悪かったな、としょうちゃんを睨み付けた。身体が熱い。皮膚はいくらか敏感になっているが、下は酒のせいで使い物になりそうもない。 「かわいい」  まさかと思った時には、もう遅かった。萎えたそれを、しょうちゃんは躊躇わず口に含んだ。 「ちょっ」 「ストップ」  起こそうとしていた身体が、金縛りにあったように動かなくなる。 「嫌だったらセーフワード」  そう言って、しょうちゃんは再びそこを口に含む。汚いよとやんわり拒むと、別にいいよ、と返ってきた。  ベッドに寝転ぶと、だんだん眠くなってくる。性器だけが生温かくて、下半身がざわざわする。  いきなり尻に指を挿れられ、ビクッと飛び起きた。 「明生くん、今寝てたでしょ」 「寝てないよ」 「嘘。寝息聞こえた。まぁ、寝ててもいいけどね」  尻に挿った指を腹側に曲げられ、ビクンと片足が跳ねた。しょうちゃんの指が、探るように丁寧に擦っている。 「な、何してんの?」  上擦った声が出た。 「前立腺。ここ触ると気持ちいいんだって」  さっきたまたま触れた場所が前立腺だったのだろう。ビリッと下腹部が痺れ、舐められても反応しなかった性器が疼いた。ずっと刺激されたらまずい気がする。 「ひっ」  しょうちゃんの指がそこを掠め、思わず声が漏れた。しょうちゃんがここ? と聞きながらぐっと力を込める。 「あ゛ッ、だめ、押さないで」  萎えていたはずの性器が硬くなってくる。カッと顔が熱くなる。 「リラックスしてて」  ずっと同じところを刺激され続けてリラックスなどできるわけがない。身悶えて、喘がされて、なかなか酒のせいでイけなくて長いこと苦しめられた。 「明生くん、ごめんね」  うつ伏せになってぐったりしている俺の上にしょうちゃんがのし掛かってきた。さんざん弄くり回したそこに、太いモノが宛がわれる。 「い、やだ、もう嫌だ!」  泣き叫んだ時にはもう遅くて、一息に体内に侵入してきた。 「あ゛、あ゛あッ、あ」  右腕を後ろに引っ張られて無理矢理身体を起こされ、容赦なく腰を打ち付けられる。こんなに手荒く扱われるのは初めてで、よっぽど今まで大事に抱かれてきたのだと思い知る。 「ごめんね、明生くん。好きだよ」  どんな面でそんなことを言うんだと、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃな顔で後ろを振り返った。苦しげに眉根を寄せて、目をギラつかせているしょうちゃんにドキッとする。  見とれていると、顎をとられて身体を起こされ、唇にキスをされた。乱暴な手つきに反して、慈しむような、優しいキスだった。  目を覚ますと、身体中が痛かった。ずっと暖房が付いていたせいで喉がイガイガする。隣で寝ているしょうちゃんは何故か裸だった。水が欲しくて身体を起こすと、ようやく見知らぬ場所にいることに気付く。 「えっ、どこ。ここ」  寝ていたしょうちゃんが薄く目を開け、小さく伸びをした。 「駅近くのラブホ。昨日のこと覚えてない?」  寝起きの掠れた声で言い、寝返りを打って背を向けた。  そういえば、昨日もそんな会話をした。酔い潰れてここに連れてきてもらって、吐くのを手伝ってもらった。 「昨日は迷惑かけてごめん。それから、いろいろありがとう」  うん、としょうちゃんが素っ気なく言う。 「今何時?」  あたりを見回したが、スマホが見当たらない。窓が塞がれていて、外の様子も分からない。その代わり、ベッドサイドにデジタル時計を見つけた。5時6分、と答える。 「もうちょっと寝てから帰ろう」  しょうちゃんは、昨日のことはなかったことにするつもりなのだろうか。  昨日の記憶がなければどんなによかったことか。しかし、残念ながら全部覚えている。 「帰り、市役所寄って婚姻届もらって帰ろう」  がばっとしょうちゃんが飛び起きた。目をまん丸にして俺の顔を凝視している。 「結婚しよ、しょうちゃん。こんな格好だし、指輪も用意してなくて申し訳ないんだけど」 「いや、別にそれはいいんだけど。明生くん、本当にそれでいいの? いつか実家戻るつもりだったんでしょ?」  そんなこと言ったか、と寝起きでぼんやりする頭を巡らせる。おまけに二日酔いの頭痛も伴い、思い出すのが難航しそうだ。マンションじゃなくて賃貸がいいって話したとき、としょうちゃんが助け船を出した。 「えっ、あれはそういうつもりじゃないよ!? 空き家になるんだったら、しょうちゃんと移り住めばいいと思って」  はー、と溜息を吐きながらしょうちゃんが項垂れた。肩に飛びつき、ごめん、と必死で謝る。しょうちゃんに、俺との生活は期限付きとずっと誤解させていたらしい。  しょうちゃんが顔を上げ、はい、と言った。会話が噛み合っていなくて、え? と聞き返す。 「だから、はい。プロポーズの返事」  それだけ言うと、しょうちゃんはさっさと布団を被って横になってしまった。こういうことになるなら、俺からプロポーズしたかったのに、としょうちゃんが文句を言う。

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