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●序章

幼い頃、両親は障りに犯され化け物となって死んだ。まず初めに、母が兄を殺そうとした。何を考えていたのか、母はこの世界が滅ぶことを願う邪教、滅罪教(めつざいきょう)の信者であった。 滅罪教とは、創造神から番を奪った者を信仰するものだ。障りを生み出すウラミガミとなった創造神が元に戻ることはないと考え、障りに犯される前に人類は罪を償うため滅びるべきという教えに従い、孕み子を殺すことを目的としている。彼らはこの世界を生み出し、自らの愛するものが不在となることで世界を恨んでしまった創造神こそが罪を背負うものであり、我々人類は贖罪のために滅びるべきだと考えている。そうすることで創造神の罪が洗い流されれば、また新しい生命を生み出せる存在へと生まれ変われると言うのである。 矛盾点は多々あるが、最大の疑問は母が何故子を生したのか、ということだ。人類を滅ぼすには、孕み子である自身が死ぬべきである。子すら産まずに死ねば自らの考えは全う出来るはずなのに。 考えても詮無きことではあるが、結果として母は兄を殺そうとした。障りに触れ、怪物の姿となった母を止めたのが父である。 父は優しい人だった。滅罪教に身を捧ぐ母を見ていられず、度々家を空けてはいたが、それでもたまに帰宅した日には兄にも俺にも優しくしてくれた。 本当に父は、母を愛していたのであろう。嗚呼、母は孕み子だから性別としては男である。本来ならば父と言うべきだが、話がややこしくなってしまうので、便宜上母とすることを許して欲しい。その母を父は殺してしまった。兄を守るためとはいえ、その苦しみに耐えられず、父は十日かけて障りを生み出し、怪物となった。それでも愛する者との子を殺せなかったのだろう。彼は自らの命を断つことを選んだ。 両親を失った兄と俺は、麓の村へと降りた。孕み子である母と父は駆け落ちして山に移り住んでいたから、初めは村人からの態度も酷いものであった。 世界に存在する四つの村のひとつ、神実村は特に多くの孕み胎を捧げる村であった。神のお気に入りとも呼ばれるそこには、五人の孕み子が居て、彼らは特に役目を放棄して逃げ出した母を恨んでいた。 愛する者との人生を選ぶことは孕み子達にとって決して許されない道だ。恋をすることを許されない彼らは、役目を捨てて死んだ母を憎み、その母に変わって村を維持し続けていたのだ。 他のどの村よりも人口の多い五千人の村人と契りを交し、子を産んだ彼らが、その宿命を破り逃げ出した母を恨むのは当然だろう。孕み子は十五になる前後数週間で子を宿すための準備に入る。人はそれを祝福期間と呼ぶことにした。熱を出し、痛みに耐え、股から血を流し、過去には女性が定期的に抱えていた生理と呼ばれる現象に近いそれを迎えたもの成人とし、人々は神から与えられた褒美である孕み子と子供を作る。つまりは十五を迎えると不特定多数の男の子供を宿す為に子を宿すまで毎日、来る日も来る日も抱かれなければならないのだ。 その孕み子の中でも特別な、神に捧げられる供物である孕み胎になる子は、さらに早い段階で祝福期間が起こる。三度ほどこの期間を経て、十八になる頃に神の元へと向かう。これは肉体が成熟する前に神の器を宿すに相応しい肉体を作るためであると言われているが、真実は定かでは無い。ただ、子を宿した孕み子は必ず出産前に一度、神に会うことが義務付けられており、その際に腹の中の子が孕み子かそうでないか、あるいは番を産むための孕み胎であるか、赤子の段階で見分けられるのは神のみであり、そこで親はこの役割を知るのである。 神から孕み子であると言われたものは村で一等大事にされ、また孕み胎である子供は初めの祝福期間から十八になるまでずっと、神に尽くすための技を教えられる。しかしながら、孕み胎は処女で無ければならないため、成人となる十八になるまでは純潔を保たされるのだ。 俺は、何故母が兄を殺そうとしたのか知っている。母は逃げ出した孕み子だったから、産まれた子供を神に見せてはいない。ただその特徴を知っていたから、兄を殺そうとしたのだ。 兄は、夜永澪桜(よながれお)孕み胎(はらみばら)である。 十五を迎えるよりももっと前、僅か五歳にして、兄は孕み子としての祝福期間を迎えた。高熱を出した兄を心配した母が一体いつ邪教にハマったのかは知らないが、兄が寝込んでから三日目の夜に、兄の布団に血が着いていることに気が付いた母は、恐れからか障りに触れ、怪物になった。 呪われた子だと叫び、狂い、兄の首を絞め、到底人とは思えない嗤い声を上げる母が恐ろしくて、俺は泣きながらそれを引き剥がそうとして、突き飛ばされて頭を打ち付け、動けなくなった。あの時に母を殺したのが俺であれば、兄は父と二人で生きていたか、あるいは俺を含めた三人で静かに暮らせていたのかもしれない。 俺は兄を説得し孕み胎であることを隠して村に降りた。生きるための食料は全て父と母によって与えられていたから、食うに困った俺たちに村に降りる以外で生きる術はなかった。 だけれど兄が知らぬ男の卑しい手に触れられるのも、障りに触れて死ぬ運命を背負って神に嫁ぐのも嫌だったから、どれだけ蔑まれても、石を投げられても、ただ一人の兄のために、兄が孕み胎であることを隠して生きてきた。 しかしながら、残酷な運命はそれを良しとはせず、兄の二度目の祝福期間が十になる頃に迎えられた。俺は誰にも知られないように村人たちには、兄は流行病にかかったのだと言った。幸いなことに、その時村で十日ほど顔が腫れるという不可思議な病が流行っていたから、最初のうちはなんとか誤魔化せていた。ところが、ある日俺が家を空けている隙に一人の酔っぱらいが家に上がり込み、股から血を流し高熱を出す兄を見つけた。年齢的にも孕み胎であると確信を持った男はそれを村長に報告した。 あくる日、村人たちは手のひらを返したように兄を村長の家で引き取ろうと言い始めた。神の子を宿す孕み胎の兄はボロ小屋のような家から一転して、広いお屋敷に連れて行かれ、綺麗な着物と美味しいご飯を与えられた。しかし、肝心の兄が弟だけがボロ小屋に残されたことに腹を立てて、血を分けた弟があの小屋で過ごし続けることになるなら自分は神に嫁がないと駄々を捏ねたことから、俺も使用人という立場でこの村長の家に移り住むことになった。 兄は週に何度か儀式と称した淫らな行為を強いられながら、俺にだけは優しく笑いかけてくれた。孕み胎として何度か神に会う以外では外に出掛けることも許されず、縁側で静かに過ごすだけの生活の中で、いつからか、自分のことを汚いと思うようになってしまったらしく、男にしては小さな手で俺の頭を撫でてはくれることはなくなった。  伊織と名を呼ぶ声が段々と低くなり、否が応でも別れの日を実感する。孕み胎は通常十八で嫁ぐことになっているが、兄は現在、十九歳だ。異例のことではあるが、二十歳になるまではこの村で過ごすようにと命じられている。初めて会った時に創造神であり、ウラミガミであるイル=アトスが、兄が誰よりも自らの力に耐えうる器であると確信したことに加え、その容姿が番であるメル=ウスラによく似ていたことから、より強い障りへの耐性を与えるために神の血を混ぜた特別な食事を取らせることにしたのだ。 現在の神域は、創造神がウラミガミとなったことで穢れを産む為、人間の世界で障りへの耐性を作るようにと命令が下り、その間兄は神との子供をつくるためにあらゆる性技を教え込まれる。 今日も、兄は見知らぬ男の一物を口で咥えたり、手で擦ったりして、男を喜ばせる技をその身体に刻む。神の手を煩わせないために徹底的に仕込まれていくのだろう。村長たちが嬉しそうに仕上げだと笑っていた。それもそのはずだ。兄はもうすぐ、二十歳を迎えるのだから。 この一方的な思いにも、もうすぐ終わりが来る。その日が来たら俺はもう二度と兄には会えない。それでも兄が受け入れた運命を無理に捻じ曲げたいわけじゃないから、俺は使用人の仕事に集中した。その内きっと兄のことも忘れられるだろう。世界のために犠牲になる兄を想うこの心がどうにかなってしまう前に、どうか一刻も早く、いっそのこと明日にでも、神との婚儀が終わってしまえばいい。兄の痴態を想像して自身を慰めていてもただ、虚しいだけなのだから。 ****** ぎしり。ぎし、ぎし。体重で軋む木の板の音で目を覚ます。月が輝く夜深く、人影がそっと俺の部屋の襖を開いた。額に汗を滲ませながら訪ねてきたのは兄だった。耳に残る荒い息遣いにどくどくと心臓が高鳴る。知らない男の匂いを纏う兄がゆっくりと顔を近づけてきて、そっと口付けを落とす。触れるだけの柔らかなキスはすぐに離れ、ゆっくりと物静かな柳色の瞳とかち合う。 「な、に……兄さん」 早鐘を打つ心臓の音を誤魔化すように声を絞り出せば、兄はその真っすぐな瞳をゆっくりと伏せて、着物越しに俺の下腹部をなぞる様に指を滑らせた。いつだったか、旧時代の本で読んだ性欲で人を支配して生命エネルギーを奪う悪魔のような色香を漂わせる兄は、到底俺の知る人物ではない。 驚いてその胸を優しく押し返す。ぴたりと手を止めた兄がまた静かに俺の目を見た。何も言わない兄が、ただただ恐ろしかった。まるで俺の気持ちを見透かしているかのような気さえもする。せめて、名前だけでも呼んでくれと叫びたい気持ちを飲み込んで兄の一挙手一投足に意識を集中させて、隙あらば声をかけようとしていると、兄は何を思ったか花がほころぶような笑みを浮かべて、人差し指を俺の唇に押し付けてきた。 静かにしていろということなのだろう。ごくりと息を呑めば、兄は俺の頭を優しく撫でて、再び下腹部へと手を伸ばす。色気を纏ったその姿にすっかり硬くなった性器を布越しに撫でられてびくりと腰を震わせる。その反応に少し嬉しそうに口元を緩めた兄は、それでも無言のまま、俺の寝間着をはだけさせ、今度は下着の隙間から手を差し込んで直に触れてくる。 どくんと下腹部が熱を持つ。外で鳴いている鈴虫の声がだんだんと遠ざかっていくような気がした。 兄の小さな手が俺の性器を直接撫でる。豆だらけの俺の手とは違って柔らかなそれが、ゆったりとした手付きでそこを愛でるように擦り上げる。質量を増していくそれに息を乱しながらも、兄の手を汚すまいと射精感に堪えていれば、耳元で熱い吐息を零すように兄が囁く。出していいよと導くような声がしたと同時に、気が付くと俺は兄の手に射精していた。 満足そうに笑った兄は俺の首筋に舌を這わせながら、起き上がろうとしていたこの身体を押し倒そうと手に力を籠める。それに従ってあまり寝心地がいいとは言えない布団に身を沈めれば、兄は俺の腰に乗っかかって今にも泣きそうな顔で笑うと口を開いた。  「伊織、愛しているよ。どうか、どうかこの兄を、抱いてはくれないか」 月の光が兄の長い髪から透けている。いつも無口な兄が切ない声で甘く強請るその言葉に、理性が焼け落ちた。 「あっ、あう、いおり、いおりっ……すき、すきっ、ん、キスして、もっと、んぅっ、もっともっと、俺を求めて……っあぅ、あ、あ、イく、イくっ」 「は、俺も、愛してるよっ、兄さん……っ~」 兄の甘い声が響く。求められるままに唇にキスをしながら、先ほどまで何者の侵入も許したことのない兄のナカを食い荒らすように、自らの勃起したそれで何度も奥を穿つ。ぎゅうっと力いっぱい締め付けながら兄が達するのと同時に中に射精すれば、兄は無意識なのか、背中に回した爪を立て、俺の肌に傷をつけてきた。 一瞬、その痛みに現実へと引き戻される。神の供物である孕み胎は処女でなければならない。純潔を神に捧げることは大事なことであると、大人たちから口酸っぱく聞かされていた。その孕み胎の兄と、自分は身体を重ねた。兄の純潔は俺が散らしたのだ。大事に守られた兄の初めてを奪う背徳感に支配される。胸のどす黒い感情が、ついに顔を出した。 「伊織、お前の人生を狂わせてしまう兄を、どうか許しておくれ」 兄は耳元でそう呟いて、緩く腰を振る。もっと、もっと自分を犯せと誘うその動きに再び性器が熱を帯びる。もう、世界も村もなにもかもがどうでもいいと思えた。 今この時、俺たちの恋が地獄の中で花開いた。

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