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第13話
翌週の金曜日、前夜は仕事だったのだが、帰ってきてもあまり良く寝られずに、午前十時頃には起きてしまった。寝られないほどに興奮しているのは、奏一の家に行くことになっているからだ。
結局は、楽しみにしているのはユイトだった。
ただ、早く起きてしまっても夜の七時までは時間がまだたっぷりとあるし、時間を持て余してしまう。
『何すっかな……』
そんな事をぼんやりと考え、取り敢えず何かしてないと落ち着かないので、溜まっている洗濯ものを片付けることと、掃除をした。広いわけでもない二部屋にキッチン、ユニットバスの付いたアパートも、掃除をすれば居心地はより良くなる。
晩に美味しく食べれるようになどといったことを考え、昼ごはんは軽めにした。
そして、夕方になってから出掛ける準備を始める。
なぜかその間もそわそわして仕方がないが、仕事に行く時ほどではないもののきっちりと身なりを整えた。
夕方の六時過ぎくらいに家を出て、近くの店で飲み物を購入した。奏一と飲むために手土産にするためだ。シチューに合うかはわからないが、手堅くビールを選んだ。
その後地下鉄で一駅先の奏一の家のある駅まで向かった。ものの数分で着いてしまったので、待つことにする。
こうやって、誰かを待つのは悪くないとユイトは思った。たまに客の女性と待ち合わせて一緒に店に行くこともあるもあるけれど、それとはまた違った感覚がある。
約束の七時の五分前ほどに、奏一が雑踏の中現れた。彼は、既にスーツではなく私服に着替えていた。
「待った?良くきてくれたね」
奏一は爽やかな笑顔を向けてきた。
「いや。そんな待ってない。ってか、あんた、着替えてきたのか?」
「あぁ、うん。君が来るから準備とかしてたからね」
そういう奏一の顔は、照れくさそうにしているが嬉しそうだ。
「へぇ……」
「じゃ、行こうか」
そう奏一に促されて、ユイトはエスカレーターで地上に出た。駅からは五分ほどで奏一の部屋に着いた。五階建てのマンションで、奏一の部屋は三階にある。
財布からカギが取り出され、ドアのカギが開けられると家主である奏一の後に続いてユイトもドキドキしながら部屋に入った。奏一の部屋には初めて入るのだから緊張するのは仕方ない。
「おじゃまします……」
「はは。そんなに緊張しなくていいよ」
奏一は優しく目を細めて笑った。
廊下を通り、突き当たりにあるリビングに通される。
「綺麗にしてんだな」
それが、ユイトの部屋の感想だった。
生真面目そうな奏一の性格の通り、きっちりと整頓がされていて、掃除も行き届いている。無駄なものが廃除された空間となっていて、すっきりとして見えるのも居心地が良さそうだ。きっといつも綺麗にしているのだろうとユイトは勝手に想像した。
ユイトの部屋も今日掃除したばかりだが、油断をするとすぐに散らかってしまうので、奏一の部屋を見習わなければと思った。
「あぁ、いや、散らかっているの好きじゃないんだよね」
なるほどな、とユイトは思う。
そして、すぐに良い匂いが漂ってくることに気付いた。
「……もう飯できてんの?」
「あー、うん。材料を昨日買って仕込みはしておいたんだ。今日は残業しないで真っ直ぐ帰って、煮込んでたってところ」
奏一は事も無げに言う。
そこまでして準備をしてくれていたのかと、ユイトは少し驚く。
「わざわざやってくれたの?」
「君と落ちあってから準備してたんじゃ、時間かかっちゃうしね。
君も腹空かして来るかなと思ったから。煮込むだけにしておこうと思ってさ」
そう言って、奏一はてきぱきと圧力なべを火にかけた。
「待ってて。また温め直すからさ」
「あぁ……そうだ。これ、買ってきた。あんたと飲もうかと思って」
ユイトが買ってきたビールを袋ごとテーブルに乗せた。
「あ、ありがとう。酒を買い足すの忘れちゃったから、ウチにある分じゃ足りないかもしれないし、助かるよ。 一緒に飲もう」
料理の材料を買うことには神経が行っていたようだが、酒は在庫があると思っていたのだろうか。ちょっとだけ抜けていた面を何だか可愛いと思ってしまう。
しかし、奏一はてきぱきと皿をセッティングしたりしている。手なれた感じがするので、自炊をしているというのは本当のようだ。キッチンの方に目をやると、散らかっているわけではないが、ちゃんといつも料理をしているのだということが窺えた。
「なぁ。何か手伝おうか?」
ただ待っているのも気が引けるし、手持ち無沙汰なので聞いてみた。初めて来た家で何かをすることは勝手もわからないし緊張するが、やることを言ってくれればユイトにもできると思ったのだ。
「ありがとう。でももうできるし大丈夫だよ。座ってて」
奏一がそう言うので、ユイトはダイニングの椅子に腰かけた。すると、大きな鍋を持って奏一が現れた。とても良い匂いが漂ってくる。
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