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第19話
「ピッチャーって、花形だろ?すげぇな」
野球でピッチャーをしていたという奏一に、本当は感心しているのだが、自分が気付いた彼への想いのこともあり、照れくさくてついぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「あぁ、いや。そんな強いチームでもなかったし、俺は大したことないよ」
「でも、ピッチャーって注目されるだろ?もうやってないのかよ、野球」
「うん。元々肩が強くなかったのか、壊しちゃってね、高三の頃に」
残念そうに、奏一は伏し目がちに過去を振り返った。
「ウチの役所にも野球チームがあるんだ。本当は昔思い出してやってみたいけど、昔みたいにできるかわからないし……。忙しいしね、やってないんだよ」
「そうか……もったいねぇな」
「でも、いいんだ。俺には他に夢中になれるものができたからね」
そう言って、二ッコリと奏一は微笑んだ。
「?何だよ、その夢中になれるものって……」
「ん?それは内緒かな。さ、そろそろ行こうか?」
ユイトも朝ごはんを食べ終えたのを見計らい、奏一が促してきた。
「あぁ。そうだな」
二人は湖畔で釣り糸を垂らした。針先に付けているのは疑似餌だ。実は、ユイトは釣りと言うとみみずを触ることになるかもしれないと、少しだけびびっていたのだ。
子供の頃に父と釣りに行った時に、餌となるイソメ(みみず)が苦手でいつも父に針に付けてもらっていたものだ。
今回は湖でのバス釣りなので、疑似餌を使うことを知らなかったのだった。おかげでユイトはほっとした。
魚がかかるまでの時間が、あまりにものどかで心地よい。天気も良くて暑過ぎず寒くもないという、春らしい絶好の釣り日和だということもあるだろう。
いつ魚が竿を引くかわからないので、竿の先を見つめながら、ユイトは何となく奏一と出会った時の事を思い出していた。出会いはユイトの誕生日だった。そこで、奏一の誕生日はいつなのだろうかという疑問が湧いた。
「そういや、あんた……誕生日いつ?もしかして、もう過ぎた?」
何気なく奏一に聞いてみる。
聞いたからと言ってどうするのだと、ユイト自身も思わなくはない。けれど、奏一の事に関して色々と知りたくなったのだ。
奏一はちょっとだけからかうようにして笑った。
「あれ、俺に興味持ってくれたの?」
奏一に言われ、ユイトは思わず赤面する。
「べ、べつにそんなんじゃねぇよ……ただ、いつなのか聞いてみただけだし」
「ふふ。俺の誕生日は来月だよ。七月の二六日」
「へぇ。夏生まれなんだな。寒いの苦手とか?」
「あはは。夏生まれだけどさ、どっちかって言うと、暑いのが苦手だよ。まぁ、冬も寒いの嫌だけどね」
「ふーん。確かに、今の季節と秋の方が過ごしやすいからな。気持ちはわかる」
ユイトがそう言った時、ユイトが借りている竿がぴくりと反応を示した。
「あ、もしかしてかかったのか?」
ユイトは慌てて竿を手に取った。
「あぁ、リール巻いて」
そう言う奏一の助言通りぐるぐると糸を巻くリールを回すが、結構手ごわく、なかなかうまくいかない。
すると、釣り上げることに手こずっているユイトの元に奏一がやってきて、リールを掴むユイトの手に自身の手を添えて補助してくれた。
リールを巻き上げることはやりやすくなったものの、ここまで奏一と密着したのは初めてであり、おまけに手が触れているので、柄にもなくドキドキしてしまう。
「かなりきつい!」
店の客である女の子達には見せられないようなほど、ユイトは慌てて(別な意味でも)必死にリールを巻いた。
「頑張って!バスかな。結構大きそうだけど、頑張れば釣れるから!」
そう言って、奏一も補助してくれる。しかし、相変わらず今までになく奏一が近くにいるせいで、内心慌てふためいてしまう。
それでも、なんとか食い付いたバスらしき魚に集中しようと力を込めてリールを巻く。
ところが……ユイトや奏一の頑張りも空しく、グイグイと引っ張られていた竿はやたらと軽くなってしまった。
「なんか……軽い……」
そう零しながら軽くなったリールを一息に巻きあげると、案の定バスの姿はない。
「あーあ……でかそうな手ごたえだったのにな……」
自分の非力、そして釣りのテクニック不足を嘆いた。とは言え十年くらい釣りはしていないのだから仕方がないだろう。
「大丈夫だよ。またきっとかかるから。次こそ釣りあげればいいさ」
奏一は肩をポンポンと優しく叩いてくれた。それだけでも、ユイトの心は今にも飛び出しそうになるくらいドキドキする。
だが……それから一時間、九時頃を過ぎても一向にバスはおろか魚がかからなくなってしまった。時間帯の問題か、それとも場所が悪かったのか……
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