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三 我ら、壁際男子部。
夕暮れ寮の夕食時は戦争である。ノー残業デーは特に過酷な戦いが待っている。俺は会社を飛び出すとまっすぐ寮に小走りで帰る。通常の日ならば、同じシステムエンジニアリング部所属の同期、|田中実《たなか みのる》と一緒に帰るのだが、こういう時はお互いに気を遣ったりしない。とにかく、ダッシュで帰る。
部屋に帰ることもせずに食堂の方へ直行すると、既に行列が出来ていた。人気のメニューは売り切れてしまうし、こういう日はご飯が無くなってしまうこともある。
(この列なら、なんとか食いっぱぐれはしないかな)
ホッと息を吐き出し、列の後ろに並んだ。俺は魚があまり好きじゃないから、出来れば肉メニューが残っていて欲しい。魚も食べられるけど、生臭いのが本当にダメなのだ。なお、貝類は本当に食べられない。
次第に列がはけていき、ようやくトレイを手に取る。再度メニューの小鉢やデザート、サラダなどを自由に取り、メインは注文というのが食堂の流れである。栄養バランスよりもコスパ重視でメニューを選び、最終的には豚肉の丼を選んだ。座席を確保しホッと息を吐く。
「おー、お疲れ」
「おう」
暗黙の了解で、ぞろぞろとトレイ片手に三人の男が近づいてくる。俺の同期である『壁際男子部』の面々だ。なお命名は俺である。揃いも揃ってモブみたいな地味な顔面と、全国ランキング1~4位の苗字を持つ『ザ・その他大勢』の皆さんである。
「お前、相変わらず一品料理でサイド無しな。みそ汁くらいつけろよ」
とは、田中実である。結局、先にダッシュしてもこうして同じ席に座るのだから、もしかしたらキンコンダッシュに意味などないのかも知れない。
こいつはこの夕暮れ寮にあって、土日の食堂がない日には自炊をするという所謂、料理男子だ。他にも何人か料理をする男子がいるので、個人的に俺は『夕暮れ寮男子料理部』と呼んでいる。何度かごちそうになったことがあるが、普通に美味い飯を作る。モブのくせにちょっとキャラ立ちさせている奴である。
「みそ汁付けるくらいなら、もう一品別の料理付けるだろ」
そう言ったのは、豚丼の他にプルコギ定食を着けている大食漢、|佐藤紘《さとう ひろし》である。見た目は眼鏡のぽっちゃりという、いかにも陰キャオタク。実際のところオタクなのか聞いてみたが、どうやらアニメやゲームの類は好きではないらしい。見た目とは裏腹に趣味はウィンタースポーツという、アクティブな一面を持っている。イケメンと世界を呪っている。
「みそ汁の話題なんかどうでも良い! お前らなあ、夏だぞ!? 解ってのか!?」
と息巻いているのは、そばかす顔がチャームポイントの|吉田清《よしだきよし》だ。好きなものは女の子。趣味は風俗通いという、女の子と出会うことに命を懸けている男である。
吉田の言葉に、俺たちは「またか」という気分で曖昧に笑う。こういう時の吉田のセリフはお決まりだ。
「出会いだろ! 俺たちに必要なのは!」
「俺を巻き込むなよ、吉田」
「あー、んー」
「俺たち四人で合コンはキツイって」
早々に佐藤は拒絶の意を示し、田中は曖昧に言葉を濁す。俺の方も、気乗りしない。もうこのやり取り、何度もやっているんだ。正直、俺だって最初は「彼女くらい欲しい」って思って合コンに何度か参加した。けど、顔面偏差値の低い四人が集まって、女の子を誘っても、結果に繋がった試しがない。せめて喋りが上手かったなら良かったのだろうが、女の子の前で喋れるヤツは一人もいない。だからこその『壁際男子部』なのである。
「まあ、待てよ。お前らの気持ちも解る。けどな、今年は一味違う。そうだろ?」
吉田の言葉に、俺は田中の方を見た。田中は首を振る。佐藤は完全に無視していた。
「鈴木! お前だ!」
「え? 俺?」
急に名指しされ、顔を引きつらせる。モブ男子が盛り上がっているのをチラチラ見て来る視線もあるし、正直この話をいつまでも続けて居たくない。夕暮れ寮は顔面偏差値が高いのだ。その平均を下げているのは俺たちだが。
「お前、栗原と仲良いだろ」
「――はぁ?」
栗原と仲が良い? それが、なんの関係があるんだよ。
(……まさか)
「栗原も誘うんだよ! それに、栗原の伝手も借りて女の子を集めれば、ワンチャン可愛い子もくるかも知れないじゃん!」
「バカ言うなよ。栗原に失礼だ」
「栗原だって、彼女が居るわけじゃないんだろ? ウィンウィンだろうが!」
唾を飛ばしてそういう吉田に、顔を顰める。確かに、栗原に彼女が居るとは聞いていない。実際、寮での生活を見ていても、居ないのだろうと思う。外部の人間と連絡を取っている様子は非常に稀だ。
(でもなあ……)
栗原とは確かに仲が良い方だとは思う。だからと言ってそういうのって、なんだか利用しているみたいで嫌じゃないか。栗原が「合コンとか興味ありますか?」って聞いてくるんなら、全然良いんだけどさ。栗原とはそういう話、一切したことないんだもん。
「あー……俺は、良いかな……。前に参加した合コン、散々だったし……」
「イケメンと一緒の合コンで勝てるわけねえだろうがぁっ!」
と、田中は消極的だし、佐藤はイケメン相手だと憎悪が燃え広がってしまってダメだ。吉田は口を真一文字に結んで、浮いていた腰を落とす。ひとまずは、諦めたらしい。
(とはいえ、実際のところ、栗原ってどうなんだろう)
全く興味がないと言うことはないだろうけど。イケメンの女性遍歴なんか、ちょっと気になっちゃうよね。野次馬心が出てしまって、そんなことを思ってしまった。
◆ ◆ ◆
「まったく……吉田には参るよね……」
田中がため息を吐きながらそう言う。田中は前にやった合コンで、相手女性に「なんかつまんないね」と言われてしまってから、かなり消極的だ。ちなみに佐藤は「誰がテメエを楽しませると思った!?」と逆にキレていたが。吉田は今からライブチャットを観るらしく、一人でさっさと部屋に戻ってしまった。俺たちは遅れて部屋に帰る途中だ。
「んー、まあ、彼女欲しい気持ちは解るけど……」
俺らも二十四だし、そろそろ彼女の一人くらい欲しいもんだ。そう言うと、田中は意外だったのか目を丸くする。
「鈴木も彼女欲しかったの?」
「そりゃそうだろ」
なんだと思ってるんだ。
「いや、なんか漫画ばっかり読んでるから、二次元とかが好きなのかなって……」
「偏見じゃん。漫画は漫画だろ。それとは別」
まあ、女の子に関しては、俺も少し苦手意識があると言えばあるんだけどさ。まあ、理想を言えば俺の腐男子趣味を許容してくれる女子が良いよね。腐女子彼女なんか良いかなーって思った時期もあったけど、趣味が合う分怖くもあるんだよな。主に処女的な意味で。
「まあ、いずれにしても、鈴木が可愛がってる後輩をダシにすんのはな」
「それよ」
やっぱ田中だぜ。佐藤は同意したわけではないようだが、吉田に対しては「ない」と思っているようだ。良かった、こいつらにまで合コンをセッティングしろって言われたら、どうしていいか困るところだった。
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