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二十七 天性のアイドル
(こんなところに店、あったんだ)
亜嵐が指定した店は、駅近くにあるこじんまりした喫茶店だった。古い店らしく、レトロな雰囲気がした。看板メニューはナポリタンにドリア、サンドイッチ。紅茶にこだわりがあるのか、茶葉の種類も多い。ティーサロンというやつだろう。
「お付き合いいただいてすみません」
「いや、大丈夫だよ」
正面に座る亜嵐は、色の入ったサングラスに帽子というスタイルだ。店内には常連客らしいおじさんが一人いるだけで、他に客はいない。ボサノバ風の音楽が静かに流れている。
「今度の役が、二十台代半ばくらいの会社員の役で」
「ああ、じゃあ丁度良いくらいだ」
「俺って普通の会社員ではないので……」
「そうだよね」
頷きながら、他愛のない会話をする。亜嵐が知りたいのは日常のことだ。朝はどんなふうに過ごすとか、仕事の合間にどんな話をしているとか、休憩室の雰囲気や職場の雰囲気、そういうどうでも良いようなことを事細かに聞かれる。
「俺が寮生ってこともあるけど、他の部の人に相談したりとかもするよ。他からの情報がのちのち、知識として生きることもあるから」
「なるほど」
熱心にメモを取りながら話を聞く亜嵐の様子は、なかなかに好感が持てる。努力家なのは見ていてよくわかった。
「真面目だね」
思わずそう言うと、亜嵐は顔をあげて困ったように笑った。栗原とは、少し違う笑い方。双子といっても、俺には全然違う人間に見える。
「俺は要領が悪いんです。物覚えも悪いし……好奇心も薄いし」
「そうなの? 努力家に見えるけど」
「殆ど、風馬の影響です。あとは、少しラッキーだから」
照れるように笑う亜嵐に、なるほどと納得する。栗原は亜嵐が、自分で解決するタイプだと言っていた。努力家だし、運も良い。そう言う部分を評価したのだろう。
「亜嵐くんは、どうしてアイドルになったの?」
こちらが離すばかりなのもなんだろうと、紅茶を啜りながら世間話的に聞いてみる。こんなこと、インタビューで聞かれ慣れているだろうが、亜嵐は面倒がらずに答えてくれた。
「俺は、スカウトです。元々は芸能界には興味がなくて」
「ああ、そうなんだ」
スカウトか。まあ、納得だよな。イケメンだし。
「風馬が昔、劇団に入ってたんですよ。子役の」
「ああ――なんか、そんなことを聞いたような」
演劇をやっていたとか、そんなことを言っていた気がする。
「その劇団の公演に、芸能関係者の人が結構来るみたいで、最初は風馬が声を掛けられたんですけど――」
「え?」
亜嵐がニヘラと笑いながら、その当時のことを振り返った。
ステージに立つ栗原に、大手の芸能事務所の社長が、声を掛けたらしい。役者志望だった栗原は喜び、両親も大喜びだった。だが、トイレに行っていて、遅れてやって来た亜嵐を見て――。
『あれ? お兄ちゃん? この子! この子の方が良いね! 君、うちにおいでよ!』
「――って、社長に気に入られちゃって――」
「――そ、そうなんだ……」
亜嵐の話に、何故だか胸がモヤモヤした。亜嵐にとって、輝かしい人生のスタートとなった話。けど、栗原にとってはどうだったんだろうか。
(なんか、微妙……)
微妙な気分を変えたくて、強引に話題を変える。胸が妙にざわついた。
「えっと、ティーサロンなんてあったんだね、知らなかったよ」
「ああ、そうですね。あまり見ないですよね。弟の影響で好きになったんですけど、今じゃすっかり俺の方が嵌っちゃって。チーム内でも紅茶と言ったら俺、みたいな感じになっちゃってるんですよ」
「――そう、なんだね」
「おかげで紅茶のCMも取れて」
何だろう。胸の違和感は。
『だから、話していて疲れるんですよね』
うん。解る。解るわ。
(なんか、疲れるな……)
微かな疲労を感じながら啜った紅茶は、酷く味がしなかった。
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