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第5話 怒れる狼2
(はぁ、やっちまった)
正直、知り合いじゃなければ助けたりしなかった。揉め事に巻き込まれるのは好きじゃないし腕っ節が強いわけでもないからだ。あまりに目に余るようなら、さっさと警察を呼ぶほうがいい。観光客は警察沙汰になるのを嫌がるから、呼ぶ振りだけでもよかった。
(ま、やったもんは仕方ないか)
年に何度か、こうしてうっかり揉め事に自ら首を突っ込んでしまうことがある。そういや親父もそんな感じだったから、きっと親父に似たんだろう。
さてどうしようかと男たちを改めて見ると、何やらジロジロ見ている眼差しに気がついた。
「なんだよ」
ねちっこい視線に嫌な予感がした。こういう連中は女の子がいなくなった途端に詰め寄ってくるものだ。ところが、さっきから舐めるように見てくるだけというのが気持ちが悪い。
「こんなことしてないで、さっさとホテルに帰れよ」
これ以上関わらないほうがいい。そう思って踵を返そうとしたら、グイッと腕を引っ張られてつんのめりそうになった。
「……ッ、なんだよ」
「あの子の代わりに、あんたが相手してくれよ」
「は?」
「なんか超エロいし、よく見りゃさっきの子より断然いいわ」
「そうそう、妙にエロいよなァ。それに……すげぇいい匂いするし」
「ちょ、やめろって」
男の一人が急に顔を近づけてきてギョッとした。そのまま首のあたりをクンクン嗅がれてゾッとする。慌てて掴まれた腕を振り払おうとしたができなかった。
(同じくらいの体格のくせに、馬鹿力か)
力任せに腕を振り上げると逆に強く掴まれてしまった。そのまま腰を抱かれ、首や腕、胸元なんかを三人がかりで匂い始める。あまりの状況にゾッとして体がうまく動かない。
「なに、して、んだよっ! 離せ、離せ……ッ」
「うっは、抵抗されるとますます興奮するなァ」
「オレ、男は範疇になかったけどこいつなら全然いけるわ。ってか、もう勃ちそうなんだけど」
「やっべ、俺も勃った。裸にシャツ羽織ってサーフパンツとか、ヤッてって言ってんのと同じじゃねぇ?」
「なに、言って……っ! この、離せ、って……!」
羽織っていたシャツを引っ張られ肌が露わになった。それを見た男たちがヒュウと口を鳴らす。
「うっひゃぁ、こいつの背中、なんかえっろい痕がいっぱい付いてんだけど」
「なんだよ、昨夜はお楽しみだったってかァ? こぉんなに痕付けて、こりゃあ相手は男だろ」
「うわ、乳首ツンツンしてえっろいなぁ。胸にまであちこちに痕付けちゃってさぁ」
「なになに、もしかしてお兄サン、ネコちゃんなの? それならそうと言ってよね、四人ですっごい気持ちいコトしようぜェ?」
気がつけばビーチから少し外れた岩場に連れ込まれていた。シャツを奪われた挙げ句、男たちに囲まれて逃げ道を塞がれる。そのうえ胸や背中を撫で回すように触られて一気に嫌悪感が増してきた。
(何なんだよ、こいつら!)
これまで男にそういう目で見られたことも、もちろんこんな目に遭ったこともない。ジンは毎日のように俺のことを可愛いなんて言うが、そんなことを言うのはジンだけだ。
それなのに目の前の男たちは俺を見て「エロい」と欲望を向けてきた。まったくもって意味がわからなかった。
(くそっ!)
知らない奴の体温が気持ち悪い。欲望まみれの触り方に吐き気がする。何とか逃げ出そうと必死なのに、なぜか体がうまく動かなくてますます男たちに密着されてしまう。
「ん~、ますますいい匂いがしてきた。……あぁ、やっばいなァこれ」
「すげぇ匂いだな。これ嗅ぐだけで何回でもイけそうだわ」
「オレも。しゃぶりつきたいくらいいい匂いがする」
「ぃ……ッ!?」
男の一人が首をべろりと舐めた。それだけで全身に鳥肌が立つ。
(つーか、こいつらやばくないか?)
男たちの様子は明らかにおかしかった。酒の匂いがしないのに覚束ない口調が不気味さを増している。
(まさか、ヤバいもんでもやってるとか?)
だとしたらまずい。そんな奴らにまともなことを言っても通用するはずがない。理性なんてぶっ飛んでいるだろうし、相手が俺みたいな男だろうと気にせずコトを進めるだろう。観光客の中に日常から逸脱しすぎる輩がいることは知っていたが、まさかそういう奴らに自分が出くわすとは思わなかった。
(なんとかして、ここから離れないと)
ビーチに戻れば人がいる。少し行けば店もある。そこまで逃げれば、きっと何とかなる。こんな誰ともわからない奴らにいいようにされてたまるか。
(そもそも男にヤられるなんて死んでもお断りだ)
ジン以外の男なんて冗談じゃない。俺を抱きしめるのも、俺が抱きしめ返すのもジンだけだ。
それに、ここで男たちに何かされればジンが悲しむ。あれだけ俺のことを思ってくれているジンを悲しませたくない。
(何としても逃げるぞ)
思い切り体を捩り、乳首を触りながら耳の下を犬みたいに嗅いでいる男を振り切る。顔が少し離れたところで顎目がけて思い切り頭突きを食らわせた。
「が……ッ!」
「つ……ッ」
俺のほうも痛みに一瞬息が詰まったが、頭突きを食らった男のほうは見事に砂浜に尻もちをついている。続けて横にいた男の手を振り払い、腹の辺りを思い切り蹴り飛ばして砂浜に転がした。
残ったのはあと一人だ。これなら逃げ切れる、そう思って掴んでいた腕を振り払おうとした。
「っと、危ないなぁ。とんだヤンチャだねぇ、あんた」
「……っ! 離せ、って、言ってんだろ……!」
振り切る前に背後から抱きつかれ、身動きが取れなくなってしまった。
「なに言ってんの。これからお楽しみだって言ったじゃん」
男の滾ったものを尻に押しつけられ、ザッと血の気が引いた。こいつらは本気で俺をヤろうとしている。こんな何でもない男相手にどうしてそんなふうになれるんだ。
砂浜に倒れた男たちも、ゆらりと立ち上がって俺を見ていた。あれだけ痛がっていたはずなのに、二人とも股間をこれでもかと膨らませている。そうして虚ろな笑みを浮かべながら俺を舐めるように見ていた。
(こいつら、本気でやばいんじゃ……)
足取りも目つきもおかしいのに、話す言葉だけは普通に聞こえるのが余計に不気味だった。
逃げなければ、そう思った。早く逃げないと大変なことになる。こういう奴らにいいように体を使われたら、それこそ強姦以上に悲惨なことになるだろう。
必死に背後の男を振り切ろうと体を捻るが、まったく歯が立たない。それどころか、さっきよりもずっと強い力で羽交い締めにされてしまった。
(一体、どこからこんな力が……!)
明らかに普通じゃない。そう思うとますますゾッとした。早く逃げなければ、さっさとここから離れなければ……そう思って焦れば焦るほど男の拘束が強まる。
必死に藻掻く俺を嘲笑うように、背後の男が尻に逸物を押しつけてきた。サーフパンツの上からとはいえ、ゴリゴリと擦りつけられる感触に鳥肌が止まらなくなる。
思わず目を瞑った。何の解決にもならないのに、それしかいまの俺にできることはない。あまりの無力さに唇を噛み締めたとき、耳元で「ぐ……ッ」と息が詰まるような声がした。
(何だ……?)
気持ち悪い体温が消えた。瞼を開けるのと同時に、背後から「ふぎゃっ」と猫が潰れたような奇妙な声がする。
「俺の大事なつがいに触らないでくれるかな」
「……ジン」
振り返ったら、男の顔を踏みつけているジンがいた。
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