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第14話

 即日で送られてきた美弥子さんおすすめの店はもちろん酒の種類が自慢の店であったが、どれも小綺麗で雰囲気が良い、確かに女性でも入りやすいような店だった。美弥子さんは厳選したらしい三軒の店のURLと共に「私の分まで飲んでください」という酒好きらしいメッセージが送られてきた。俺はいつか美弥子さんとも飲めたら楽しいな、と思いながら楓さんと店の情報を共有した。 「よっす~」  バイトの上がり時間に合わせて甲斐が部屋を訪ねて来た。夏休みはまだ半分終わったところだというのにもう実家から戻ったらしい。 「実家帰ったのこないだじゃなかった? もう戻ってきたの?」 「一週間も居たら十分じゃね?」  ご飯支度も掃除も洗濯もしなくていいのなら夏休み中実家に居たいと思いそうなものだけど、俺にも事情があるように甲斐にも事情があるのかもしれない。こいつに限って俺のことを突っ込んでくるとは思わないけれど、自分が聞かれて嫌なことにはあえて触れずにいよう。 「これ親が持たせてくれた。あと地元の先輩が教えてくれた焼酎」  そう言って渡された袋の中にはグレープフルーツのような果物と酒瓶が入っていた。 「日向夏こっちの人あんま食べないってまじ?」 「ヒューガナツ?」  聞いたことがあるような、ないような。甲斐は俺の顔を見てひとつ日向夏を手に取るとキッチンに向かった。 「てにゃわんね。一個剥いてやると」 「えー! 何て?」  ふざけて放たれた普段聞くことのない甲斐の方言に、無性に人間味を感じた。時々僅かなイントネーションの違いを感じてはいたが、仲の良い友人がこれまで遠く離れた場所で生きて来たのだと改めて実感した。当たり前に存在している俺の知らない甲斐の一面だった。  林檎を剥く要領で薄く皮を剥かれるのは意外で面白かった。それは見たことがない柑橘類の食べ方だ。長い指がバレーボールより遥かに小さな果物を掴み、また予想と違う形に切り分けられていく。 「甲斐はさ、彼女作らないの?」  眩しいくらいに鮮やかな黄色の果肉が覗き、爽やかな香りがキッチンに広がった。  甲斐は俺が知る限り出会ってからずっと彼女もいないし浮いた話も聞かない。それが不思議に感じるくらい甲斐はいい奴だと思う。俺はエミリの件もありそういった話をすることは今までほとんど無かったが、今はなんとなく聞いてみたい気がした。 「……好きな子がいれば付き合いたいけど、ねえ?」  俺が恋愛話を持ち出すのが意外だったのか甲斐は少し面食らっている。無理もないことだと思う。それでもこの感じが懐かしくて楽しかったのは確かだ。 「好きな子いないの~」 「何お前、どうした、なんかあった?」  さすが鋭いスパイクだな、と思ったが、甲斐の疑問は当然だった。俺は甲斐の言葉で自分が浮かれていることを自覚した。 「いや、あの、ただ甲斐のこともっと知ろっかな~、みたいな」 「わかりやす! 相手誰よ、どういう状況?」 「違う、違う、何もない! なんでもない! この話終わり!」  誤魔化しながらも楓さんとのことが頭を過ぎった。もしも実は、と切り出せたら。どの店に誘えばいいか相談できたら。何度も思い出すあの日のことを話せたら。  喉まで出かけている言葉が詰まり、胸が苦しくなった。 「はい、あーん」  甲斐は切り分けた日向夏を一切れ口元に差し出した。俺の気持ちを察してくれたのだ。甲斐はそういう奴だ。  舌に触れた日向夏はとても酸っぱくて驚いたが、よく噛めば皮が甘くて美味しかった。

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