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第17話
それから俺たちは美弥子さんのおすすめを参考に店員さんの説明を聞きながらいくつかの酒を頼んでシェアして飲んだ。楓さんは相変わらず落ち着いていて常に俺の様子を気に掛けてくれた。前に教えてくれたように肴と酒の相性を意識して飲むと同じ酒とは思えない程風味が変わるのがわかって面白い。こんな酒の楽しみ方は友人たちとはしたことがなかった。
「今まで酒なんて酔っ払うために飲んでたけどこうやって飲むのは大人って感じ」
ようやく空になったお猪口をテーブルに置き鼻から抜ける華やかな香りにまた少し良い気分になる。
「しっかりお水も飲んでね。無理しなくていいからね」
桝の中にはまだ酒が残っているがもう楓さんは俺のお猪口には注いでくれない。鏡を見なくても今自分の顔が赤くなっている自覚はある。
「俺すぐ顔に出ちゃうんだ。今きっと真っ赤だよね?」
手の甲を頬に当てると予想通り火照っている。対して楓さんの顔色は変わらず、雰囲気もいつも通りだ。
「楓さんはお酒強いの? 俺はもうふわふわしてる」
友人たちの前ならまったく平気と見栄を張っているところだったがここでは素直に白状した。下手に楓さんに見栄を張ればまた解散を促されてしまう。
「人並みだよ。でも仕事の付き合いとかだと全然酔えないかな」
「酔えない……」
俺はもっと長く一緒にこの時間を過ごしたいのにこの有様で、楓さんは「酔えない」らしい。それに加えて涼しい顔で俺のチェイサーを追加してくれている。
「逆に友達と飲む時はすぐ酔っちゃう。気が抜けちゃうんだろうね」
そう言って楓さんは桝に残った酒を飲み干した。その姿は大胆なのに品があってとても粋な感じがした。
店を出ると入店した時よりも随分過ごしやすい気温に下がっていた。そしてまだ二軒に行くにも十分な時間だ。
「良いお店だったね、お酒も色々あるし料理も美味しかったし」
しかし先程ほろ酔いであることを白状した俺に対して楓さんは解散ムードを出して駅の方へ向かっている。
「ねえ楓さんもう時間ない?」
頬を撫でる風が一時的に表面の熱を攫って行く。いつもよりぼんやりする頭でも楓さんがこれ以上俺を飲みに連れて行くことはないとわかる。
「俺この間よりは酔ってないし、まだ時間も早いし、蕎麦でもラーメンでも……」
俺は前回よりも必死だった。楓さんと会えば会った分だけ彼の魅力を知ることになる。だから誰の者でもない間は少しでも長く一緒にいたい。
「お腹いっぱいなら散歩するだけでもいいし、だからもうちょっとだけ」
きっとこの人はすぐに誰かのものになってしまう。俺以外にもこの時間を過ごしたい人はたくさんいるはずだ。こんな貴重な機会はいつでも訪れるわけではない。もしかしたら今日が最後になったとしても不思議ではないのだ。
「やばいイケメンいるんだけど!」
完全に楓さんの存在しか意識していなかったところに浮かれた女性の声が飛び込んできた。声の方を振り返るとそれは通りがかった店から出て来た客だった。彼女は特別大きな声を出しているわけでもなく当の楓さんは気が付いていない。それは連れの女性と数メートル離れた俺の耳にだけ届いたようだ。
「俺の家に来ない? ね! 日向夏もあるんだよ!」
「日向夏?」
俺はもうめちゃくちゃだった。楓さんがあの女の人について行くわけでもないし、ましてや声を掛けられてすらいないのに、俺はライバルとなりえる人たちから楓さんを隠さずにはいられなかった。ほろ酔いにパニックも加わり誘い文句なんて思いつくはずも無く、俺はその場から逃げるように楓さんの腕を引いた。
「ね、行こう!」
引き締まった二の腕の感触はあの日と変わらず、俺と同じ体温だった。
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