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第3話

「おお~!風呂~!飯~!」 「老舗旅館の夕飯、楽しみだよな~」 「何出てくんだろうな?」  部屋に戻ったオレ達は、予め用意されていたタオルと浴衣を持って母屋に向かう。 母屋と離れの間にある大浴場。そこには、先客が何人かいて、浴衣を着て出ていく人や風呂場に入って行く人。 「……」  そう言えば、こうやって誰かとお風呂になんか入ったことが無い。山葉と本田は裸でタオルを持って入っていく。スズキは腰にタオルを巻いていて、穂積もまた腰に申し訳程度にタオルを巻いて風呂場に向かっていく。 「……」  オレも腰にタオルを巻き風呂場に行こうとすると、はらりとタオルが落ちる。それは何度やっても同じことで、そんな事を繰り返していたからか、誰かがクスリと笑った。気がした。でも、鏡にはオレ一人しか映ってなくて、鏡の死角になる場所はここにはない。硬く縛ったら中に入った時解くのが大変そうだし。オレは仕方なく胸元からタオルを垂らし、中に入る。 「……良樹……それ、やめろよ……」  すでに湯船に浸かっていた本田が、口をあんぐりと開けて呟く。 「お~。良樹遅かったな~って、良樹、それはまずいわ。やばいわ~」  体を洗い終わった山葉が、肩にタオルをかけながら、オレの姿を見てげらげらと笑う。 「だって何回やってもタオル腰から落ちるし、仕方なかったんだよ!」  他のお客さんたちの目も集中して来て、凄く恥ずかしい。オレは逃げる様に鈴木の隣に座ると、鈴木はタイルを腰に置いたまま、手のひらでボディーソープを泡立てては塗りたくていた。 「本田と山葉はデリカシー無いよな。ぶっちゃけ、オレも自信ないから、タオル外せないんだよ」 「自信?」 「あいつらみたいな、全てが平均並みのやつは良いよな。体は鍛えられても、あそこは持って生まれたもん勝ちつうかさ」  鈴木はさっきからなんの話をしてるんだろう。 「まあ、良樹は小さくても許されそうな気もするけど。俺は体格バランスからするとやっぱ小さいんだよな……」 体格バランス。顔や足だろうか。でも、鈴木は顔が大きい訳ではない。だめだ、全然何の話か見えてこない。 「つうか、さっき、ちらっと見ちゃったんだけど、穂積のはデカくて、あれはあれで苦労しそうだなって思ったから、やっぱ平均並みがいいわ……」 「あ!」  やっと鈴木がなんの話をしてるか分かった。穂積のペニスは大きい。あの大きなカリで中をゴリゴリ削られるのが大好き。って、何考えてるんだろう。 「鈴木。腰にタオルってどうやって巻くの?」 「どうって、普通に巻いて端をタオルの中に入れたら、そこをちょっと折り返すだけだけど?」 「あ、それだ」  オレは折り返さなかったから外れたんだ。だから今度は鈴木に教えてもらった通りに挟み込んだ場所を折り返す。すると数歩歩いても落ちなくて、オレはそのままみんながいる露天風呂に合流しようとすりガラスの扉を開ける。 「良樹~!おせ~よ。もう、俺ら茹りそう~」 「山葉、さっき何時間でも入ってられるって言ってたじゃん」 「雰囲気だよ。雰囲気」 「いみわかんね~よ」  本田と山葉がケラケラ笑いながら話をし、穂積は少し不機嫌そうに湯船に浸かってる。その横には鈴木が何かをオレに伝えようとしているのか、口をパクパク開けながら指を動かしていた。だが、鈴木が何を伝えようとしているのか全く分からず、近づいていくとスルリとタオルが足元に落ちる。 「あ……」  なんで?外れそうな気配なんてなかったのに。 「あぁ……」 「男だわ。やっぱ男だったわ」 「ついてたな」  鈴木が頭を抱え、本田と山葉が顎に手を置き頷き合っている。穂積は何も言わず、ただ目を閉じていた。そんなお風呂タイムが終わり、その次に待っていたのは夕飯。食堂には通常のお客様とそれと同じ料理が並んでる。 「おお~!すげ~、うまそ~」 「しっかり食べて、しっかり働いて頂戴ね」 「おばちゃん、それを言わないでよ」  本田が落胆の声をあげ、オレ達は料理に舌鼓を打つ。 「つうか、来年になったら酒飲めんだよな」 「だな~。てか、酒って旨いのかね?」 「知るかよ!」 「ビールは美味しいとは思わなかったけど、カクテルとかはジュースみたいで飲みやすいよ?」  両親がバーを経営する鈴木が間に入り、本田と山葉の会話は盛り上がっていく。穂積は相変わらず無言で食事を続けていた。 「おお、じゃあ成人したらみんなで鈴木んち行こうぜ」 「大歓迎だよ。なんなら宣伝してくれて構わないから」 「鈴木も商魂逞しいな」 「やだな、親孝行だって言ってくれよ」  近い未来。遠い未来。三人はそんな未来に思いを馳せながらお互いの夢や希望を語る。それが現実になるかは分からないけれど、オレは穂積と一緒にいたい。でも、多分穂積はそんな事を思ってはいない。穂積は大学を卒業したら社会人になって、彼女を作って結婚して、子供を作って。それこそ、おばさんが言っていた夢を現実にしてくれそうだ。穂積だけじゃない。本田も鈴木も山葉もきっとそうだ。なのに、オレは明るい未来が見出せない。ただ父親に言われるまま、人生を過ごすんだろう。 「だぁ~!食ったし、風呂入ったし。もう、さいっこう~!」 「まあ、明日は肉体労働が控えてるけどな」 「鈴木~!お前はなんてこと言うんだよ~」 「現実は受け止めないと……本田、本気で苦し……」  本田に首を腕で締め付けられた鈴木は、ギブギブといいながら本田の腕を叩き、その光景に山葉が笑い転げている。本当に不思議だ。オレがこんな仲間に囲まれている事が。こんな経験をしていることが。穂積と出会わなければこんな風にはならなかった。穂積がいたから今のオレがいる。 ――穂積。大好きな穂積。穂積と友達になれて嬉しかった。少しの間だけでも恋人みたいな気分になれて楽しかった。オレの人生の中で一番幸せだった。だからちゃんと言わなくちゃ。きっと、この旅行を逃したら言う機会はなくなってしまう。必ずこの旅行の間に穂積にありがとうって言わなくちゃ。  風鈴が風を受けてチリン、チリンと音を奏でる。優しくて心地のいい音。その音を聴きながらオレは眠りに就いた。

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