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この声は。 「葵人様。碧衣様がお見えですよ」 ちょうど良いタイミングですね、と言って、障子を開ける。 あ、待って。まだ心の準備がっ! 思わず立ち上がった葵人は声も出せず、開ける障子を見てるとそこに佇む碧衣の姿が見えた。 記憶が無い葵人が迫った時に見た、白地の浴衣とは違い、濃いめの緑──まさしく、碧と思わせる浴衣に黒帯で締めた彼の姿は、思わず声が出なくなってしまうぐらいの美しい佇まいであった。 ヘアクリームで立たせた髪も相まって素敵になっている彼を見惚れていると、碧衣も何故か徐々に頬を赤らめた顔をそっぽを向かせていた。 この反応は、きっと。 「──あら、碧衣ちゃん。ここに立ってどうしたの。って、あら、葵人ちゃん! とても素敵で可愛くなったわね〜! やっぱりその格好にして良かったわ!」 ひょこっと現れた突然の義母に、ビクッとしつつ、「ど、どうも、ありがとうございます」と頭を下げる。 「いいのよ〜。元々碧衣ちゃんに着させようと思っていたものですし」 「えっ」 「はっ?」 「だって、碧衣ちゃん。中学までなかなか身長伸びなかったじゃない? その時がチャンス!と思って着させようと思ったのだけど、やっぱ嫌がるかしらと、けど、せっかく買ったのに、着なくてもったいないと思っていたところに、葵人ちゃんが来てくれて! ふふっ、取っておいて良かったわ〜」 「そ、そうでございますか··········」 男の子しかいない家庭では、女の子を格好させたがる母親というものを聞いたことがあるが、それを自分が身を持って体験することになるとは。 ──いや。兄と婚姻する際に白無垢を着せられたのだから、あんまりそういうことは関係はないか。 でも、義母が楽しそうにしているからいいかとお花を飛ばしている幻覚が見えつつも、苦笑いしていると、「ほら、碧衣ちゃんも褒め言葉の一つや二つを言わないと!」と無理やり碧衣を葵人の前にドンっと背中を押してくる。 「おいっ!」と前のめりになりながら義母を睨んだ後、葵人の方を向くが、視線は合わないままだった。 「··········」 互いに何も言えず、黙り込んでいるかと思いきや、溜まりかねたらしい碧衣がグイッと自身の方へ手を引き寄せたかと思えば、そのまま強引に部屋を出させられる。 「ま、あお·····い·····くっ·····」 「いってらしゃい〜楽しんで」 言葉を詰まらせている葵人らの後ろでのんびりとした義母の声を聞きつつも、玄関では下駄を履かせてもらい、お礼を言う前に、無言で手を引っ張られた。 その時は、気持ちが落ち着いたのか、さきほどの自分の行いが悪いと思ったのか、手を添えるぐらい優しく握ってくる。 そのことに気づき、部屋を出たこともあって、震えていた手が収まり、握り返す。

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