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第3話 おいしい

 男はぼんやりと出来上がったAランチもどきを眺めている。 「やっぱり、少しもらっても?」  男はハンバーグを見ている。メニューを頼む時と変わらないようなさらっとした言い方なのに、なぜかひっかかっる。 「どうぞどうぞ」  切り分けようとして「どれぐらい食べます」と男に聞こうと顔をあげると、ハンバーグをみる目が、ピーマンを見る思春期の中学生と一緒だった。ピーマン嫌いと素直にはもう言えない。そんな好き嫌いはかっこわるい。さらっと食べてやると思っているけど、内心は全然食べたくない。そう、まさに中学生の時の俺だ。 「無理しない方がいいですよ。あ、まって代わりに」  冷蔵庫から、デザートのグラタンをだす。 「それは?」 「今日のデザートのフルーツグラタンです。これも食後に食べようと思ってたので、よかったらこっちを」 「そこまでして食べたいわけじゃ」 「いえ、よければ食べて下さいよ。常連さんの意見も聞きたいですし」 「すまない。なにか、かつあげみたいなことに」 「ぜんぜん。どうせ余ってるやつですし」 「じゃあ、一口もらうよ」 「はい。あっ、これグラタンですけど、冷たいまま食べるやつなんで」  よそおうと小さい皿をだして、スプーンでグラタンをすくった。 「スプーンのままでいいよ、お皿洗うのふえるだろう」  グラタンがのったスプーンを持ち上げる手を止める。 「えっと」  自分が食べたのを洗うから一枚ぐらい大したことない。ただ頭の中は一気に回転をかけて、皿を使うことをやめて、欲望のままの答えをはじきだした。 「あーん?」  すくったスプーンをそのまま差し出してみる。  彼はそうくるとは思ってなかったようで、眼をひらいたけど、ふと笑った。顔を寄せ口を開けてくれる。好きだ。今のすべての空気感、全部。と思いながらも、表情を不審にならない程度にとどめ、頭の中の録画ボタンをおす。  グラタンを男は唇でうけとる。 「おいしい」  ソースが男の唇について舌でなめとった。それもかっこいい。見てるだけでいい。こんなにもいっぱい心の動画が撮れた。でも、一度でいいから体だけでも手に入れたいという欲望が同時に噴出して、必死にこころの奥にしまい込む。  その後は些細な、天気だとか食べ物の話をして雨が止むと男は帰った。せめて名前だけでも知れたらいいけどなんて、名前を知ったらまた次の欲が生まれてしまう。あーんなんて、奇跡もう起きない。どうせ上手くいかない。あんないい男、上手くいったとしても遊ばれてすぐに捨てられる。見るだけ、テレビを見るような距離がちょうどいい。絶対に。  一旦停止のように止まっていた体に気づき、短く息をはいた。余韻を振り切るように、食べ終わった昼ご飯の皿をざぶざぶと洗った。

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