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第4話 かっこいい
「知花(ちばな)、おかわりはいる?」
「ありがとうございます」
誰もいない日付が変わってしまった厨房で渋川(しぶかわ)さんは俺に酒を注いだ。
「その人、夜は来ないの?」
「俺は見たことないかな」
「まぁ、夜は単身の人あんま来ないけど」
俺がランチを経営してる店は、夜は創作フレンチ『pass』という店で、今、話してる渋川さんが開けている。渋川さんとは前に同じ旅館で働いていた。一緒にいたのは1年ほどだったけど、田舎で同じ寮でうまがあったのか、よくしてもらい、そのよしみでここに誘ってもらった。昼はもともとやっていなかったし、顔なじみということもあって、ずいぶん安く借してもらっている。だけど、その条件として『pass』に人がいないときはバイトをお願いされていた。
今日はバイトの日で他の社員が帰った後、二人で酒盛りをしていた。
「ほんとにかっこいいんですよ」
「そうか。どうするかは勝手にしたらいいけど、店の中でもめるなよ」
「それはこころえてます。はぁーー。ほんとかっこいい。好き」
渋川さんは俺がゲイということを知っていて、友人と言える友人が渋川さんしかいないため二人になるとついつい口が滑る。
心の中に録画したグラタンを食べる場面を思い出す。伏せた目が近づいて、舌が唇をぬぐっていた。急にあんなエロい姿がみれてしまった。心臓に悪すぎる。
「好みの男が自分が作ったものを食べてる姿をながめるだけで癒やしと、潤いにはなりますけど、でも、どうにか、一回だけでも無理かなー」
酔っていることもあいまって自分の欲がだらだらと口から流れていく。ああいう大人の男が服を脱いで自分の獣性をだすところがみたい。あれだけ理性的で丁寧だと、行為もスマートなんだろうか。
「一回って、お前それで何回かもめたんだろ? それでいけるやつだいたいやばい地雷って」
「そうです。だから、ひっかかってほしくない。でもひっかかってほしい。二律背反、ジレンマ」
酒でも飲んでなんかいいムード作って一回だけと押せば、意外といけることは多い。でもそれは本当に一回だけ、興味本位で一回だけならというものだ。一回できちゃうとそこで縁が切れることもおおい。だけど、それならまだいい。続く場合は味をしめられて都合のいい相手として使われて、それがわかっているのに続けてしまい、だいたいもっと痛い目をみる。惚れた方が負けというのか対等に見られないのだ。
「二律背反なんて難しいことばよく知ってたな。その人、結構年上のおっさんだろ? まじでわからない」
「わかんなくて結構です。というかそんな年いってないと思いますけど。渋川さんと同じぐらいじゃないかな?」
「じゃあ、やっぱおっさんじゃん」
「でも渋川さんみたいに太ってないですよ」
「これは職業病で仕方がないの。その人とどうなろうがどうでもいいけど、あんまやけなことすんなよ」
「わかってるんですけどね」
渋川さんにはいろいろあんまりよくないところを見られてるので、これ以上心配をかけたくない。だけど、どうしても俺はことをうまく運べないから、いつもだれもそばにいないか、いてもどろどろの二択だ。
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