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第6話 強がり

「なんでこんなに、知花さんの料理はおいしいと思うんだろ? なんか俺のために特別なことしてます」 「してねぇわ。レストランで料理人してるんだから誰にでも平等。お前の好みも知らんし。単に技術だ。それか、相性がいいのかもな」 「相性か……、舌にも相性があるんですかね」 「そら、あるよ。普通に好き嫌いとか、同じ親がつくった料理でも兄弟で好みが違ったりするだろ? ないと逆におかしい」 「たしかに、そうですね」  紺谷君が帰って渋川さんも帰ろうと支度をする。 「さっきの紺谷、正社員に誘ってて」 「そうなんですか」  前からえらく気に入っているとは聞いていたけど、その話は初耳だった。 「いままで、店が週一休みで俺も料理長も週一休みだったじゃん。でも来年から店は休みなしにして、俺らは週休二日にしたいなって。だから一人、正社員入れたいんだ」 「店きびしいの?」 「じゃなくて、俺も料理長ももっと休みたいなっていう。料理長なんていま奥さん身重だしさ。俺も結婚すると思うし」 「今の彼女ですか?」 「そう。俺も彼女も結婚願望なくて、子ども出来たらしようかぐらいの感じだったんだけど、彼女が親父さんが病気して結婚したいって」  渋川さんはいい男だ。今の彼女は長いから結婚してない方が不思議だった。 「昼は好きにしてくれていいから」 「はい」 確かに単身女性向けのランチと家族や複数向けのディナーでは客層が違うので休みをそろえなくてもいいだろう。 「おまえが、正社員になってくれても全然いいけど?」 「いやーー」 「まぁ、バイトでもいてくれるだけで、嬉しいけどさ」  そういう組織のなかにいるのは向いてない。それがたとえ気安い間柄でも、渋川さんともこれぐらいの距離感がちょうどよく、それを渋川さんもわかってくれている。 「紺谷君はなんて言ってるんですか?」 「とりあえず保留。見た目チャラいし雑そうなんだけど、手も舌もすごい繊細なんだよね、向上心と好奇心もあるし、どこでもやっていけそうだから、どうだろうな」  確かに数度、一緒に厨房にはいった時に器用で丁寧だとは思っていた。 「そういうわけで、お前のこと気に入ってるみたいだし、紺谷とちょっとづつシフトかぶらせるから、誘惑して、面倒みてやってよ」 「いいの、毒牙にかけて」 「知花はおっさん専門だから、そういう意味では大丈夫って知ってる」 外に出ると生暖かい風が吹いてきた。 「結婚いいなー」  ぬるい風につられて、酒の酔いを思いだしたのか、口がすべる。こんなこと言ってもしかたないのに。 「さっきさ、あんま応援してない風にいったけど、その人じゃなくても誰かいればいいのにと思ってるよ。むずかしいんだろうけど」  渋川さんは店の鍵を閉めながら言った。真剣に言ってくれてるからこそ、俺を見てないんだとわかる。俺も誰かいてほしいと思うけど、なかなかうまくいかない。だから、こういう友人がいるだけでも、ありがたがらなくては。 「結婚しても渋川さんがたまに愚痴を聞いてくれればさ、俺は大丈夫」  強がりだけど、やっぱりどうしようもないから「雨降りそう」なんて言って、天気の話でごまかした。

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