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第9話 ドレッシング
「そうか、今度試してみるよ。夏バテか、あまり動かないから食べるの控えようとして、控えすぎたのか、胃が細くなってしまって。そうして食べる気持ちからつくったら胃もがんばってくれるかもしれないね」
「家でも野菜を食べることがおおいんですか?」
「そうだね、何となく始めた野菜生活で、胃が肉を受け付けなくて」
たしかに、肉を重く感じることは30を目前にした俺にもわからなくはない。全体の見た目とか、むき出しの腕なんかでやせているとも思わないけど、心配だ。
「余計なお世話かもしれないですけど、野菜ばかりだとやっぱり栄養は偏るので豆類とか、ナッツとかは食べた方がいいと思います。どっちもサラダにのっけて食べるだけでもいいので」
俺の他に心配してくれる大切な人がいるんだから、余計なお世話だ。俺にはなんのチャンスもない。でもいい人だって思われようとするのは人として普通のはずだ。
「あぁ、それはその知り合いにも言われてて豆腐を食べるようにしてるんだけど、しょうゆかポン酢をかけるしかレパートリーがなくてもう飽きてしまってね。さすがにさっきの呪文もきかなそうなんだ。なにかいい方法ある? なんて、こんなのプロの人にただで聞くのは失礼だね?」
「いや、ぜんぜん、あっ! いま手作りのドレッシングがちょうど家にあって、よかったらいりませんか? たぶん豆腐にかけてもおいしいと思います」
サラダにかける秋の新作のドレッシングを家でいろいろ試作していた。たぶん豆腐にも合うはずだ。
目の前の男は瞬きをして俺を見つめている。
「ってなれなれしいですよね」
ばっと顔を下げる。どうしてこう先走るのか。目の前の幸福を追い求めてしまうのか。チャンスはないんだから、これ以上仲良くならない方がいい。
「すみません。忘れて下さい」
「いや、こっちの方がなれなれしかった。ろくに話したことなかったけど、よく見ていたから、知り合いみたいに話してしまったね。ドレッシング本当にいいの?」
男はいつものように淡々と話す。こっちの暴走をなかったことにしてくれる。クールそうな見た目だけど、コミニケーション豊かで、人間としての土台がとても慈愛に満ちている。好きだ。
「はい。たくさんの量と種類を試作で作ってしまって、自分じゃ使い切れないし、手作りだから保存もそんな聞くわけじゃないし、食べてもらう人もいないので」
これは多少嘘だ。夜のバイトの時にまかないで差し入れすれば一瞬でなくなるし、何なら紺谷君なんかは持ってかえるっていいそうだ。
「君がいいならいただきたい」
「いいです! 先に味みてほしいので、よければ明日、家に来てもらうことってできますか? ここの前で待ってるので」
わかってる、わかってる。この人は自分のものにはならない。大切な人からとったりしない。ただ、少し心配なだけで、少しだけ仲がいい店員と客。だからすこしだけいい夢を見させて。
「うん、わかった。えっとじゃあ君の連絡先、その前に名前かな? 名前を教えてもらっても?」
「知花 善(ちばな ぜん)です」
「いい名前だね。俺は……美濃 直哉(みの なおや)です。よろしく」
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