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第11話 アーモンド
「あらためてすごいね。目の前でシェフがつくってくれるなんて」
「その、シェフ呼びは恥ずかしいです」
「そうなの?」
彼はいただきますと手を合わた。お箸で器用に豆腐をつまみ、口の中にそっと落とすように食べる。
「うん、おいしい。なめらかだね。これは何味なんだろう?」
「ごまですね」
夏はレモン風味のさっぱりしたドレッシングだったので、秋は中華風かゴマで試作している。どれも豆腐にあうはずだ。
美濃さんはおいしいとひとずつ俺に言いながら食べてくれる。
「いつもおいしいと思っていたけど、ドレッシングも市販じゃなくて、こだわってつくってるんだね」
「季節ごとにしかかえないですけど。Cランチが動物性由来不使用をうたってるんで、市販のやつって一見大丈夫でそうも、鳥とか鰹節のエキスとか、卵とか入ってたりするから、それなら、自分でつくった方が確実なんで」
彼の食べる姿を眺める。職業柄いろんな人の食べる姿をみるけども、この人はいつも上品だ。仏教系の高校に通っていた時に見た、寺の息子が食べている姿を思い出す。ヴィーガン食を試してるのは宗教上の理由だろうか。
「どれが好みとかあります? 試作自体は全部持っていってもらってもかまわないんですけど」
「どれもおいしいけど、これが好きかな。硬い感触があるけど、これはナッツなのかな?」
指さしたのはアーモンドいりの胡麻ドレッシングだ。味は香辛料が入っているのでエキゾチックに辛め。彼の好みを覚えたところで、ふるまうところはないとわかりつつ、心のノートに書きつける。
「アーモンドですね。 アーモンド好きなんですか?」
「ミックスナッツを食べてるんだけど、種類まではわからなくて、でも、たぶん、これは入ってる。これがアーモンドなのか。今度から気にして食べてみようかな」
自分からするとアーモンドがわからないというのは、なかなか食に無頓着だと感じる。男の人は、すごく食に繊細か、大雑把かのどちらかだと言うのが持論だけど、彼は大雑把な方らしい。思えば確かにいつも丁寧においしいと言ってくれるが他の感想はない。あまり味覚の信頼性はないかもしれない。だからといって、俺はおいしいものを作ることが好きで、自分基準でおいしいものをふるまえたらそれで満足なので、食べてくれさえすれば、彼が味音痴でもかまわない。
「ナッツって種類いろいろあるんで、店でも気になる味があったらなんでもきいてくださいね」
「ありがとう」
全部を綺麗に食べ終わり、彼はごちそうさまと手を合わした。店でもいつも彼は一人で手をあわせる。繊細な舌よりもこうした丁寧なしぐさの方が好感が、というか、料理人じゃなくて、知花善という俺個人的には萌える。
そうやって、何度彼のことを好きだと確認してもしょうがないのだけど。
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