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第13話 ハーバリウム
「いや、これは前に話した知り合いの受け売り。俺はもう中年の男だし、全然こんなの知らなかったんだ。男に花なんてと思ったけど、うちにも今あって、見てるといいものだなと」
直哉さんはハーバリウムを見て話す。きっと自分の家にもあるらしいハーバリウムとその知り合いのことを思い浮かべているんだろう。
お嫁さんじゃない大切な知り合い。こんな幸せそうな顔で話すのだから、知りあいはよっぽど大切なんだろう。その人がいるからお嫁さんといざこざがある? お嫁さんを否定しないということはまだ婚姻関係のはずだ。お嫁さんに、ほぼのろけのように話すその知り合いとの不貞を邪推されてもおかしくない。だからもめている? そういうことをしてほしくないという理想はあるけど、人間どんな裏の顔があるかはわからない。だけど、不貞があるなら隠すのはうまそうだから、ほぼ他人の俺でも勘繰るのが容易な不貞というのもひっかかる。
「その知り合いと今、つきあってるんですか?」
聞かない方がいい、その方が妄想を楽しめるし、聞いて答えがどうであれ進展なんてない。どんな結果でも俺と彼は無関係だ。それでも俺はやっぱり聞いてしまう。
「違う違う」
彼は笑って否定した。本当におもしろかったのか彼にしては破格の笑い方だ。目じりにたくさんしわが寄って、それがとてもかわいくて自分の情緒の持っていき方が狂ってしまう。
「その知り合いは男だよ。ハーバリウムなんて勘違いするよな。すごい気障だろ?」
気障だろの言い方は下げるニュアンスじゃない。かわいいと同義で、とても気安い関係がすけてみえる。仲のいい友人? 付き合うの問いに男だと否定するのだから、男と付き合うというのは眼中になさそうだ。よくわからない。わからないけど、その人が大切すぎるぐらい大切なのはもうわかった。わかってるのに、わかったからこそ、こんなに好意を向ける相手が男であるところが、自分のつけ入る隙を感じてしまう。彼がこっちを振り向く可能性にかけそうになる。男と付き合うという可能性をみじんも想像してない。だけど、その知り合いは愛でられてる。だから俺も男だけどそれぐらい愛でてもらえるかもしれない。
甘い妄想で頭がじんとゆれる。直哉さんは、俺のことをちゃんと愛してくれるんじゃないか、なんて。全部妄想だ。
「知花君はお酒は好き?」
「はい」
「じゃあ、次は手土産をお酒にするよ。今回はこんなおっさんとおそろいの花だけど許して」
「いえ、ぜんぜん嬉しいです」
本当にうれしいのに、その嬉しさをたぶん10%も表せてない。でも、100%で表すときっとひかれる。
直哉さんはドレッシングとハーバリウムを引き換えにさわやかに帰ってしまった。
ハーバリウムは、男の部屋だからか、緑と白に少し黄色がはいっている色合いで華美すぎず清涼感があった。ダイニングテーブルに置くと部屋のどの場所でも目に入る。
大きくため息をついた。店で眺めるだけでいいって思ってたのに、こんなものが部屋にあるとずっと意識してしまう。おそろいなんてやめてほしい。
それに、社交辞令ってわかっているけど、次なんて。お嫁さんの確定に耐えて、ハーバリウムは綺麗で、知り合いは男で、あまりにもいろんな感情に振り回されて、いっそ怒りさえ覚える。
誰かを好きになるのは久しぶりだった。これまで付き合った相手には全員、ひどく捨てられたから、もう人を好きになるのは嫌だった。たまに一緒に寝る人がいたらそれでいい。
「こんなのもうだめだ」
今日からこのハーバリウムに話しかける日々が始まりそうだ。
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