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第14話 壁

「あのハーバリウム渋川さんが買ったんですか?」  今日、店に来たらレジの横にハーバリウムが置かれていた。うちのとは違い青と紫の花がまじっていてシックできれいだ。 「そうそう、おまえがやけに惚気てただろ。この前、彼女との記念日だったから花屋にいったら売ってて、レストランに花飾るのは好みじゃなかったけど、これならいいかと思って買ってみた」  たしかにこの店には花がない。世話がめんどい、造花は安っぽい、料理の見栄え的に、衛生的に、においに花粉が、と個人的なこだわりが渋川さんにあるらしい。俺はどっちでもよかったけど、レジ横におかれたハーバリウムは品がよくいい感じだ。 「意外と男も花にすぐ気づくんだな。紺谷もすぐ気づいてた。ハーバリウム俺も好きですって、最近の若い男ってハーバリウムを知ってて、それをきれいって思う感性があるんだな。俺若い頃、花のよさとかまじでわからなかったけど」 「紺谷君って部屋とかもおしゃれそう。一人暮らしでしたっけ?」 「春から一人暮らししてたと思う」 ここにハーバリウムがあると直哉さんもすぐに気づくだろう。パクったって思うかな、どんな反応を示すだろう。  直哉さんは最近、カウンターに座るようになった。俺がひまなときは雑談もでき、仲が飛躍的によくなった。  俺がはしゃぎすぎてオーナーが買ったと話すのは、はずかしいから、すすめたぐらいしたら、話せるかな? 話しかけやすい話題が提供されたことに渋川さんにグッジョブの指をたてた。意味はわかってないだろうけど、渋川さんはグッジョブの指を返してくれる。 「で、そのもともとのハーバリウムの男とはうまくいってるの?」 「やばい、もう完全に好き」  渋川さんは自分からきいてきたのに、興味なさげに試作のメモをみている。  冬に向けて新作や季節限定メニューを作ると店の休みの日に集まっていた。いつも渋川さんが案と試作を作るのでそれに料理長と俺が意見を出して改良していく。俺はバイトだからと最初は遠慮していたけど、それならと最近は働いているバイト全員にアンケートをとりだした。料理長と有志で来ていたバイトはもう帰ったので二人でおなじみの酒盛りをしながら、だらだらと話をしている。 「なんか訳ありっぽくて。お嫁さんいるのは確定したけど、今どういう状況なのかはよくわからないんですよね」 「くわしくきけなかったのか?」 「しゃべりたくなさそうな感じ、びんびんで。その壁の厚さにびびったというか。所詮、料理人と客の関係ですし」  直哉さんが家に来てくれたあとも、直哉さんは店に何度かきてる。もう迷うことなくカウンターに座ってくれて、雑談することもある。だけど、せわしない店で踏み込んだ内容はさすがに話せない。いろんな話を総合すると一緒に住んではいないと思う。だけど、それ以上のことはよくわからない。あの日も、お嫁さんのことも知り合いのことも詳しく話してくれそうな雰囲気が一秒もなかったから、余計に聞くことが憚られた。

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