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第18話 しくじった
「本当ですか、なんか渋川さんの中で俺すげぇハードル上がってて、困まってるんですよね。俺がつい猫かぶっちゃうんですけど」
「壊せばいいよ。渋川さん、人がいいやつが好きとかそんなんないよ。じゃないと俺なんか店貸してもらえない」
「旅館で一緒に働いてたんですよね」
「そうそう、俺、色恋沙汰がだらしなくて、とんじゃったんだけどさ。まぁ、いろいろあって。でも誘ってくれてほんと優しいよ」
「渋川さん前に、旅館で色恋沙汰でやめた職員がいるって話してたんですけど、もしかして知花さんの事だったのかな?」
「そうかも。話してた?」
「知花さんとは言ってませんでした。コミュティ狭いと大変だよって話で。ちょっとでも悪い噂たつとしんどいって。でも相手の人が隠してて悪いのに、みんなちょっと過剰ですよね」
「んーー、仕方ないんじゃない? 相手が男だとさ」
「男?」
紺谷君がオウム返しに首をかしげる。
はっとする。しくじった。どうやら渋川さんは本当にまったく俺とにおわすことなく、男女のことのように話していたらしい。
「ごめん、えっと、俺、ゲイで」
「そうだったんですね」
肝が冷えるとはこのことだ。最近ではお酒を飲む相手は渋川さんしかいなかったから、つい口が滑ってしまった。ゲイに対する偏見は人によって多種多様だ。本当に何も気にしないやつもいれば、目に見えて軽蔑するやつもいる。
「別に、だからどうってことは、ごはんがおいしいことにかわり……」
紺谷君はそこまで言ってとまる。
「その、じゃあ、渋川さんからきいたんですけど、知花さんがハーバリウムをもらった常連の客って男の人ですか?」
「そうだね、うん。そんなことまで話したの?」
なんでもかんでもしゃべりすぎだろと思ったが、渋川さんがおしゃべりな男なのはもともと知ってて俺も話してるし、ぜんぶ肝心なことはふせてくれている。男だと失言したのは自分だ。
「店のハーバリウムのことを店長と話してて、知花さんがすごく喜んでいたと聞いて、いい人なのかなと勝手に思ってて、……つきあってるんですか?」
おそるおそるというふうに紺谷君は聞いてきた。
「いや、俺の片思い」
紺谷君は下を向いて黙り込む。
「気持ち悪い? 二人きりだもんね。帰ったほうがいいかな」
そういう人種が苦手なら俺が男と付き合ってても、片思いだとしても生々しいだろう。
「別にそういうわけでは、でも、そうですね、すみません、ちょっと心の整理をしたいです」
紺谷君はあからさまに動揺しているが丁寧だ。いい子だとおもうし、嫌われたくないけど、生理的な問題というのはどうしようもない。
「うん、わかった」
俺はごちそうさまと言い残し、紺谷君の部屋を後にした。
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