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第29話 いい感じ
「あれ、今日遅いじゃん」
バイトはない日だけど店に残っていると、渋川さんが店に来た。
「あっ、ちょっと相談したいことあって、新しく調理器具買いたいんですけど、夜も使えるなら折半してもらえないかなと」
「なに、見せて。あたらしいジューサー? 確かにあれ古いもんな。夜あんま使わないけど、古いと危ないし、いいよ」
「ありがとうございます」
カタログを見せて一緒にどれがいいかと選ぶ。
「なんか、最近いいね?」
「なにがです?」
「うーん、やる気に満ちてるっいうか、明るいと言うか、店始めたときはあからさまなカラ元気だったじゃん? だいぶそのカラの部分がなくなったというか」
「まぁ、始めたときは頑張らないとって気張ってましたし。もう店はだいぶ慣れたから」
高校を出てリゾートバイトをしていた中で調理補助をすることがあった。料理は向いてるかもと思っていたときにご飯がおいしい旅館でバイト勤務することになって、そのままそこで見習いしてやとってもらった。それが渋川さんのいた旅館だ。いざこざがあった後、都会に出ていろんな料理屋さんでバイトしつつ調理師免許の学校に通っていた。だいたいお金がなく、ひもまがいの生活を送っていた時期もあって、あわただしく、未来も見えていないときだった。知り合いの紹介で食べに行った店がこの『PASS』でそこから渋川さんが店を借してくれることになった。絶対に泥はぬれないと、必死だったと思う。
「暮らしていけるぐらいの収入はなんとかあって、微々たるものだけど、渋川さんに恩返し出来てると思うと、気持ち的に大分落ち着いたと言うか」
「微々じゃないよ。こっちは家賃もらって、夜のバイトもはいってもらって大助かり」
「いやこっちこそ、家賃安いし、夜も勉強になりますし」
「というか、そんなしんみりした話がしたかったんじゃなくて」渋川さんは鼻で笑って手を振った。「そのいい感じなのは、噂の彼じゃないかって言いたかったんだよ。で、その後どうなの?」
「普通に仲いいです。デートに行きました」
長くは一緒に入れなかったけど、俺はデートだと思っている。次は一緒に飲もうと約束した。普通に仲がいいの言葉に嘘はない。
「うまくいきそう?」
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