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第32話 あまい
「うん。おいしい」
おいしいと確認するようにグラスのなかのお酒を眺める。直哉さんはいつもおいしいと言うけどそれはいつも確認するように丁寧で、厳かに感じる。お酒が久しぶりだからだろうか、余計にしっかりテイスティングしている。
「その知り合いの人とは何を飲んだんですか?」
「ビールかな。知り合いはいろいろ買って飲んでたけど、俺はビールだけ付き合った」
普段は飲まないのに、一本だけ付き合うというのが、余計に親密さを感じた。
「ほんとに仲がいいですね」
かたくなに素性を教えてもらえないというのにももやもやする。
「どうだろう。そうだといいね」
知り合いはこんなに愛されてるのに、その人が直哉さんのことを慕っているのかはよくわからない。俺の店を紹介するぐらいには心配しているのだろうけど、直哉さんにあまり自信を感じない。
「その知り合いってどんな感じの人なんですか?」
「少し君に似ているかもしれない」
「えっ」
喜んでいいのか微妙だ。大切にされる可能性があるということなのか、代替えにされているのか。
「君は、すこしにぶいね」
意味深に笑う直哉さんの意図はまったくわからない。
「知花君は、お酒強い?」
「好きですけど、強くはないです。手軽に酔えていいですけどね」
たまに店終わりに渋川さんと飲んでいるけど、弱い弱いと言われる。
「じゃあ、いっぱい溜まると邪魔かな? 次からなにか違うお土産のほうがいい?」
「なくていいのに」
「そういうわけには。大人ぶらせて。俺、知花君に甘えてばっかりじゃん」
お酒を手に微笑む、直哉さんはあまい。まだそんなに酔ってないと思うけど、今までなかったお酒と夜の雰囲気にのまれてしまいそうだ。
「俺の方がもっとしっかり甘えていますよ。溜まったら、また飲みに来てください」
いつでも来るよと直哉さんは笑った。
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