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第33話 さみしい季節
ポリと噛むとちょうどいい塩味が口に広がった。
新しいお酒を開けて、自分と直哉さんにそそぐ。
「この漬物おいしいね」
「そうでしょ? 漬物すきなんですよね」
お酒のあても新しいのをだした。にんじんとキュウリとかぶの漬物は自家製だ。
「おいしい。野菜ってこんなにいろいろな味がするんだって、君といると思うよ」
ゆっくりのペースだったけど、お酒をいくつかあけて直哉さんは目のしたがあかく柔らかい。弱いと言うほどでもないけど、強くもない。
「まだまだいろいろできますよ」
「知花君は本当にやさしいね」
「そんな」
「だから、俺は君に甘えてしまう。こんなクリスマス前でいそがしい時期なのに家に押しかけて」
「いや、俺だって、ひとさみしい季節だから、うれしいです」
「そうだね、なんだろうね。嫌になる季節だ」
「ひとさみしいとか、おもいますか」
直哉さんが年のこと以外でネガティブなことを言うのはめずらしい。
「思う。とても。それにちょうど……。あの映画にいった日、電話があって、別れだだろう。そこで用事ができて、いろいろしていたんだけど、なにか、うん。どうしようもなくて、そうだね、ひとさみしかったんだ。気づいたら君に連絡してた。ごめんね、おじさんの感傷に付き合わせて」
「そんな」
ほほえむ直哉さんはちゃんといつもどおりの直哉さんの表情をしている。だけど、いつもの潔癖がみえかくれするようなスマートさがなかった。壁がもろくなっている。見た目通りちゃんと酔っているのかもしれない。
「なにかあったんですか?」
ふだんなら話してくれないと思う。酔っているから、いや、もしかしたら彼にとってのなんらかの限界がきているんだろうか。
「嫁の、荷物がとどいて」
そこで直哉さんの言葉が止まる。視線が伏せられる。何を考えているんだろう。基本的に思ったことを口に出すまでにしっかり考える人だ。たまには俺みたいに脳から口に直通で話してしまえばいいのに。
「荷物?」
「そう荷物が届いて、嫁のことをいろいろ思い出した。この前、一緒にカレーを食べただろう。その時、めんどくさいことをさせてしまって申し訳ないと思ったんだ。野菜だけを食べるということに、たいした心情はないんだ。信念があってやってる人に申し訳ないと思ってる。やぶってしまってもいいんだ。体調面で心配をかけている人もいる。なんとなく食べたくないから、はじめてしまったものだ。それで、食べられなくなってしまった」
「食べられない?」
「きもちわるいと、おもってしまうんだ。精神的なものだ」
「どうして?」
「呪いなのかもしれない。なんて、ばからしいだろ」
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